神宮ご参拝
明治44年5月、昭憲皇太后は歴代の皇后陛下としてはじめて、伊勢の神宮に参拝されました。
この年1月以来、皇后は沼津御用邸で静養されていらっしゃいましたが、ご病気もすっかり癒え、神宮ご参拝のご希望を抱かれました。しかし皇后のご参拝は前例のないことであったため、香川皇后宮大夫を通して、明治天皇にお許しを請うことになりました。
天皇はこれをお聞きになると、
「皇后宮として神宮参拝は前例のないことであるが、その例を作っても差し支えなかろう」
と直ちにお許しになりました。ただし、
「一端帰京の上、儀礼を重んじて鹵簿(ろぼ=お出ましになる際の行列編成)を整え、伊勢に赴くように」
との思召(おぼしめ)しにより、皇后は一度東京に還啓され、あらためて5月18日、宮城を出発され、20日に外宮、21日に内宮にご参拝になりました。
神宮に参拝されるにあたり、地元の人々は少しでも御心をお慰めしたいと考え、名物の大鯉を捕らえてご覧に入れることになり、桑名郡多度村の木曽川・長良川・揖斐川の落合口で捕獲した体長80センチもある鯉を盥(たらい)に入れて、行在所の中庭に運び入れました。ところが、皇后はこれをご覧になると、人々の心尽くしの贈物としてお喜びになる一方、
「このように勇ましく尾鰭(おびれ)を振っているものを、狭い盥に入れて命を弱めてしまうのはかわいそう」
とおっしゃり、神苑の池に放すよう命じられました。
お側の人々はご仁心の深さに感激し、さっそく鯉を神域内の池に放ち、餌として握り飯を与えました。皇后はたいへん満足されたということです。
【木曽川・長良川・揖斐川】
