君子は包丁を遠ざく

 明治天皇のところには、好物であるウズラなどの鳥類や鯉のような川魚が篭や桶に入って生きたまま献上されることがよくありました。それをお見せするときには、係の人が「○○が誰々より何個献上」というように申し上げます。しかし天皇はそれをご覧になって、鳥ならば「飼っておけ」、魚ならば「池へはなせ」とおっしゃり、生きたまま献上された品は召し上がりませんでした。

 ある時側近の人が、

「陛下が生き物の命を惜しまれるのはまことに恐れ多いことですが、献上いたします者は、なるべく新鮮なものを召し上がって頂きたいという気持ちでありますので、どうか調理のほうにまわされて、少しでもお召し上がりくださいますようお願いいたします」 

と申し上げました。

 天皇は「よくわかった」と答えられましたが、やはりその後も生きているものはご覧になっても召し上がりになりません。ただし「飼っておけ」とか「放せ」とはおっしゃらずに「おあずけ」と指示をなさいました。結局は「おあずけ」となった生き物は大切に飼育しなければならないので、やはり食用とすることはできません。そこでしまいには献上品が生き物の場合は目録のみをご覧に入れるようになったそうです。

 側近で天皇に講義を申し上げていた副島種臣はこのことを伝え聞いて、

「動物にまであたたかい気配りをなさるのは、陛下のまことに尊いお考えである。かつて中国の孟子が『君子は包丁を遠ざく』といわれたが、まったくそのとおりで、お食事を調理する場合は生きたままの形をご覧に入れぬよう充分に配慮しなければならない」

と感激ひとしおであったと伝えられています。

君子は包丁を遠ざく