戦勝奉告
日露戦争が終結してまもなく、天皇は伊勢の神宮に参拝して平和回復の奉告をされ、神恩に感謝をしたいというご心境を次のようなお歌に託されました。
神路山みねのまさかきこの秋は
手づからをりて捧げまつらむ
そして11月14日、天皇は皇居をご出発、翌日行在所(あんざいしょ=御休所・ご宿泊所)の神宮司庁にご到着、16日に外宮・17日に内宮へご参拝になりました。
さて内宮ご参拝の日はあいにく前夜から雨が降り続いていましたが、行在所を出発する頃から雨は止み、しまいには快晴となりました。雨あがりの神苑はまことに清らかで、天高くそびえたつ老杉の合間から紅葉した楓(かえで)が顔をのぞかせ、その美しさは言葉に表わせません。
ひさかたのあめにのぼれるここちして
五十鈴の宮にまゐるけふかな
天皇は大元帥の御正装で正殿の階下にお着きなりますと、神前に次のような御告文(おつげぶみ)を奏されました。
皇大神宮の大前に申し上げます。さきにロシア国と開戦になりましてから、陸海軍の軍人たちは身をかえりみず陸に海にと勇敢に敵にいどみ、事態を平穏に解決いたしました。このように速やかに平和を回復できましたことは、大神の広く大きなご神威によるものと思いますゆえ、そのことを奉告しようと今日ここに参拝いたしました。どうかこれからも、皇室をはじめ日本国民はもちろんのこと、世界各国の人々を末永くお守り下さい。
明治天皇はご在世中に4回、伊勢の神宮にお参りなさいましたが、みずから御告文をお読みになったのはこの時だけです。朗々としたお声は外玉垣御門内に参列していた各大臣たちのところまで響きわたり、何とも形容できない神々しさにつつまれました。参謀総長の山縣有朋はこの時の感激を歌によって表わしています。
大君の告文のらす声すなり
神の心もうごきそむらむ
こうして念願の伊勢の神宮へのご参拝を無事にお済ませになりましたが、そのころ天皇は戦中のことを振り返って、つぎのお歌をお詠みになりました。
さまざまにもの思ひこしふたとせは
あまたの年を経しここちする
天皇の頭髪にはいつの間にか白髪が多く見られるようになり、直立のご姿勢もやや前かがみになられました。お姿のご変貌ぶりに側近の人々は「陛下のこの2年間のご労苦はどれほど大変なものであったろう」と、万感胸に迫るようであったと回想しています。
【皇大神宮(内宮)】
写真提供:神宮司庁