雪中のご乗馬
明治天皇は馬に関するお歌をたくさんお詠みになっています。例えば「春の日の長きもわすれて臣どもと馬にのりけるとき」と詞書(ことばがき=和歌の前書き)された、
長き日もうちわすれつつ芝くさを
ふませて馳する駒のかずかず
のお歌は、熱心にご乗馬に励まれた頃お詠みの一首かと思われます。
ある日、ご乗馬中に雪が降り出して、天皇はやむなく吹上御苑のお茶屋に憩われ、お酒を召し上がりになりました。
雪はどんどん勢いよく降ってきましたが、天皇にはますます盃を重ねられ、いっこうにお帰りになろうとする気配がありません。むしろ雪景色をご鑑賞になりながらご機嫌の面もちです。
いさみたつ駒にうちのり吹上の
にはの雪見にいでしけさかな
これは明治16年に詠まれたお歌ですが、あるいはこの時のことを詠まれたのかもしれません。
あまり遅くなってはお身体にも良くないと心配した侍従が、
「もうお還(かえ)りになってはいかがでございますか」
と申し上げると、
「まだよい」
とお聞きになりません。そこで侍補の土方久元(ひじかたひさもと)が、
「自分が何とかお願い申し上げよう」
といって陛下の御前に進みました。
「土方か」
「はい」
「また還れというのだろう」
「いいえ。御苑には背の高い松や老木が茂っていますので、大雪になりますと、雪の重みで枝が落ちてくる可能性があります。もしそれで馬がけがをしてはたいへんだと、皆で心配いたしております」
すると、
「ああそうか、それならすぐ還ろう」
と、天皇は即座にお席を立って帰路につかれました。
「お馬のことになると、この通りに優しく配慮なさったものだ」
と、土方は後に思い出深く話したそうです。
【御徳利】