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コラム「大和心」
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 戦後70年に際しての首相談話、いわゆる安倍談話(8月14日)と、政府の21世紀構想懇談会の意見書(8月6日)が発表されて3ヶ月近くが経過した。普段ならすぐに過去のこととして忘れてしまうのが通例だが、国際政治・外交・軍事等の錯綜する謀略、思惑の中で、それらの事情、経緯が少しずつ明らかになって、外国では軍事力を背景に「次世代の後継者として」の今上陛下にまで謝罪するよう迫ってくるという看過しえない動き(中国共産党)も出てきているほか、国内では、東京裁判史観を突破したとの論、戦後75年にもう一度本物の安倍談話を出してほしい、お詫び談話の発出を止めるには七十年談話など不要だが、これで八十年談話が避けられなくなった等々の意見などがからみあって、一般的にはこの談話をどう理解したらよいか分からない状況となっている。しかしこの歴史認識の行方は、将来の政治課題、特に国防問題、ひいては自主憲法制定問題と大きくかかわってくるようにも思われる。

 そこで現時点で、この安倍談話をしっかりと認識して、将来にそなえる国民の心構えが重要となろう。

 それにはまず、信頼しうる、正確な情報を得ることだが、幸いに保守有数の論客で、今回の一連の歴史問題にかかわりをもった人がいるので、ここに取り上げてみたい。

 それはこれまで政治家・安倍氏を強く支持し、その首相の断っての推挽(すいばん)で、21世紀構想懇談会のメンバー(16人の中の1人)となって報告書の作成にも携わり、しかも他の大勢の歴史観の違いから、委員辞任を覚悟するまで追い込まれて、苦汁をなめたと思われる中西輝政・京都大学名誉教授(国際政治・歴史)である。中西氏の対談と論稿が2つの雑誌11月号で発売されていて、精読をおすすめしたいが、紙幅の関係で多くを記述できないので、ここには2、3点を指摘しておきたい。

 一誌目は、伊藤隆・東京大学名誉教授(近現代史)との対談「『安倍談話懇談会』―驚愕の内幕と歴史問題のこれから」(『正論』)で、政府の懇談会の委員の選考についてその内幕が語られている。

伊藤 事務局とは?

中西 事務局は内閣官房ですが、兼原信克という外務省出身の内閣官房副長官補が担当で、外務省系の官僚が取り仕切ったわけです。

伊藤 報告書の案文は誰がつくったのですか?

中西 おそらく座長代理の北岡伸一氏(国際大学学長)と事務局でしょう。懇談会は開催前から、色々なところから介入があって、もめ事が起きている雰囲気がありましたが、私には一切知らされませんでした。(略)後で新聞記者に聞くと、16人の委員のうち14人が実質的な外務省枠で全員が侵略戦争論者であり、私たち2人だけが首相官邸枠だったそうです。私ともう1人の方だけですね。そしてこの「14対2」の対立は、「侵略」の文言などをめぐって、最後まで続いたのです。会合はすべて非公開で行われましたが、終始、外務省系のこの14人は全員、「侵略戦争論」でした。こういう問題を扱う懇談会なのに、なぜ安倍さんがこんな人事を認めたのか。今もってさっぱりわかりません。そしてあの報告書に関するすべての根本原因はここにあるといえます。

 14対2の対立は、侵略の文言などをめぐって最後まで続いた、ということは報告書にそのままに反映された。だから、それに関するすべての根本原因はここにあるという。「なぜ安倍さんがこんな人事を認めたのか」は、中西氏の深刻な疑問といえるが、安倍氏に関しては何もふれていない。そして辞表を準備したという。16人の委員のうち14人までが、実質的に外務省枠で、しかも全員が侵略戦争論者というのだから、政府の諮問委員会の報告書は外務省系の「侵略戦争論者」で固める結論がまずあったとみていいだろう。だから歴史論を大切にする中西氏は辞表を準備せざるを得なかった、と。

 実は、委員会の顔ぶれが分かった時点で、私は「これはダメだ」と思って、辞表を準備しました。しかし、初会合で北岡座長代理と西室座長のお2人がそろって「この懇談会は総理に談話でどんな文言を用いるかを、進言するような場ではない」とおっしゃった。「報告書に『侵略』という文言や歴史論は入らないんだな」と思い、翻意しました。
 ところが、それから2週間ほどした3月9日、北岡氏が都内のシンポジウムという公開の場で突如として「安倍さんに『日本は侵略した』と言ってほしい」と発表します。マスコミ各紙も大きく報じ、私も驚きました。座長代理としてあんなアンフェアな発言することは許されない。

 これらの記述から考えると「すべての根本原因はここにある」というように、16人中、14人までが、第一に米国、第二に中国に配慮した日本の「侵略戦争論」であったということは明らかだろう。しかもこれに北岡氏のアンフェアな発言が重なって大綱ができてくる。

 二誌目は「『安倍談話、政治に譲った歴史認識』―これで「謝罪」は終った? とんでもない。習近平らの発言をみよ!」(『歴史通』)である。何度も辞表の瀬戸際に立ち、苦汁をなめた反省から発せられた言葉にもとれるが、強く日本の保守派の甘さを指摘している。そして、米国の意向にはふれていないが、中国と韓国が「安倍談話後の対日歴史戦略」に動き出していて「安倍談話」の正念場との認識を強調しているのは注目される。

 「将来世代を謝罪の宿命から解放した」と早合点した向きは、8月27日になって中国の国営通信社・新華社が共産党機関紙『光明日報』の報道として次のようなことを全世界に発信した点に、注意を払う必要がある。それは、「昭和天皇は侵略戦争の張本人」と断じ、誠にけしからぬことに、その「次世代の後継者として」今上陛下にそれを謝罪するよう迫っているのである。安倍談話への「中国の反撃」として、陛下の謝罪を要求するというかつてない対日歴史攻勢がさらに勢いを増して始まっているのである。(略)
 そしてまさに追い打ちをかけるように、9月3日、北京・天安門広場での壮大な軍事パレードの後のレセプションで、習近平は日本の侵略戦争に言及し「あの年代の者であろうとその後に生まれた者であろうと、歴史の教訓を心に刻み込んでおくべきだ」と日本人に強く迫った。あの強大な軍事力の誇示を背景に迫っているのである。一片の談話で「謝罪の終り」が実現するわけではないのである。しかも、そもそも安倍談話自体も少しも、「これで謝罪は終りとする」などとは言っていないのに。なぜそれほど甘く考えてしまうのか。

 と、中西氏は疑問を投げかけて、現実の直視をためらうこの甘さ≠アそ、あの昭和の大戦から日本が学ぶべき真の教訓なのであるとまで述べている。昭和の大戦からの教訓となると多くの議論となろうが、現実の直視に甘さ≠ェあることは日本人全般にいえることである。いかにその甘さを払拭するかが当面の重要課題といえるだろう。(み)

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