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コラム「大和心」
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 44年前の11月25日、三島由紀夫は「檄」において、議会政治下での憲法改正(自主憲法の制定)はもはや不可能であると喝破して、自衛隊の行動に唯一の好機を期待した。

 その後、「自主憲法制定」は、保守陣営の選挙票を期待する政治家の謳い文句として定着した感がある。現下の政治状況で、法的・民主主義的手続きをもって粛々と為しえる憲法改正は、国民の意識や政局以上に、米国並びに米国属日本人の影響力が大きいと思われる。彼らの憲法改正の最大の関心は、米国の戦略下に世界全域で自衛隊を米軍の指揮に入れて運用できるような9条改正だろう。自衛官を市場主義者(うしはく者共)の権益を保護する尖兵として戦闘させることは、断じて許せない。

 自主憲法制定と憲法改正は同じことではない。自主憲法とは、わが国の伝統的価値観をもとにした憲法であるはずだ。三島由紀夫は「第一章『天皇』の問題と第二十条『信教の自由』に関する神道の問題を関連させて考えなくては、折角『憲法改正』を推進しても、却ってアメリカの思う壺に陥り日本が独立国家として、日本の本然の姿を開顕する結果にならぬと、再三力説した。」

 私は、日本国の自主憲法の在り方について考えるとき、次のような視点が必要だと考える。

 まず、現在一般的に使用している「憲法」という法概念は、18世紀の近代啓蒙主義の中で誕生したネイション・ステートの統治原則を定めるために、欧米の近代諸国家が採用した地域的にも時代的にも独特の法概念である。

 他方、日本のように、近代以前から国家として成立し法秩序を持って国家を運営してきた国々には、異なる統治の法が存在した。

 しかし、弱肉強食のルールを正当化した欧米露諸国の力によって、彼らの独特の法概念が世界の法概念として標準化されてきた。

 日本も、幕末に彼らの力に抗することができず不平等条約を強要された。しかし、欧米露諸国と対等なる主権国家として扱われない状況を打破する意思が日本国民から沸き起こり、明治維新によって政体を欧米式近代国家へと転換することで、彼らと対等なる主権国家としての立場を求めた。

 そのような情勢下にあって、いかに日本の伝統的法秩序を保全しつつ、彼らの法概念を取り入れるかに苦慮しながらも、明治天皇を中心に日本国民が叡智を絞って作成した憲法が「大日本帝国憲法」である。

 その後日本は、欧米露諸国家以外では例を見ない国際的政治力を持つ主権国家に成長したが、政府及び軍部が憲法の運用と戦争指導を誤り大東亜戦争で敗退した。

 米国の占領下に、米国の主導により「日本帝国憲法」の改正と言う形態で「日本国憲法」が制定された。しかし、その内容は、日本版「権利の章典」のようなもので、君民一体の伝統的法秩序は米国の近代法概念の下に貶められた。これこそが、彼らが日本に戦争で勝利した最大の成果であろう。

 欧米諸国は今、「市場原理による自由競争」を世界秩序として世界中の国々に強要している。金融・経済・貿易の国際自由協定が、国家の法より上位に機能する世界秩序である。

 これは、必然的に国家の統治に大きな影響を与える。協定を違反したと判断されるとギリシャやイタリアのように、国家の統治権そのものが国民の手から奪われ国際機関に移管されるのだ。

 「市場原理による自由競争」による世界秩序がこのまま進展すれば、ネーション・ステートの憲法は、投資や貿易等の国際自由協定と言う国際法の下のローカル・ガバナンス的役割(国家とよばれる地域を市場ルールの下に管理する程度)に過ぎないということになろう。

 以上のような視点に立つと、日本国民の伝統的法秩序を貶める思想信条に立ち、かつ、国際秩序に身を任せる現憲法の性質では、もはや日本国家は国民の生命・自由・財産すら保護できない。このような現憲法の修正は、世界秩序の下のローカル・ガバナンスを強化するだけで、日本国民にとっては、なんら積極的意味を持たない。

 自主憲法は、「大日本帝国憲法」の叡智を踏まえつつも、それ自体に戻ることは困難である。なぜならそれは、米国(連合国)の戦争勝利を否定することになる。日本の憲法(国体)を変えたことが米国の戦果そのものである。大日本帝国憲法が復活するということは、改めて連合国に宣戦布告をすることになる。

 しかも、国際環境が、市場グローバリズムの時代に変わっているのに、国家至上主義時代へタイムスリップするようなものだ。おそらく、ドイツがナチスドイツに戻るのと同じインパクトを世界に与えるだろう。国際的な大儀がなければ戦いにならない。

 また、国内的には、やむを得ざる状況下で辛苦を乗越え国家国民の安寧を第一に考えられた昭和天皇、今上天皇の御事績を否定あるいは無視することになる。このようなことは、日本の伝統に反する。現憲法の問題解決のため、元の憲法へ戻すという短絡的発想は戦略的にも戦術的にも選択肢たり得ない。

 そもそも、明治の時代、真に日本が成したかったのは、近代欧米諸国の強要する法概念にとらわれず、日本の伝統的法秩序の正しさを国内外に宣布することではなかったのか。

 「諸事、神武創業の始めに原づき」。それは、自国(個人)の権利を主張し国益(個人益)の増進のみを優先する近代憲法の思想ではなく、宇宙は一体であるという原理を人類社会が取り戻すよう、万民が家族のような絆で睦び思いやり助け合う「八紘為宇」の思想であったはずだ。

 そして、この共助共栄の文化思想は、行き過ぎた自由競争主義を経験した現代だからこそ、世界の人々から賛同を得られる「新しい人類思想」としての可能性を含んでいる。

 われわれは、列強に強いられた不平等条約の是正のためやむを得ず立憲国家の政体をとらざるを得なかった明治の歴史、伝統国家を断絶され現憲法の屈辱も受け入れざるを得なかった苦い昭和の歴史を受け止めた上で、将来の日本を正していかなくてはならない。

 神武建国以来、君民一体となって継承してきた「八紘為宇」の遺風を謳う『君民主義憲法』を制定するべきであると考える。(あ)

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