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コラム「大和心」
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 貴殿の今回の演武を拝見させて頂いて、真の武道の形と気魄を感じました。
 そんな直後ふと折角の技に刀が相応しくなかったと感じ、生意気を申し上げたのですが、−−考え方はいろいろですが、練武の面からのみ言えば、血流(ちなが)しのない刀の方が、一振の冴が現せるのではないでしょうか。

 去る1月16日、小野田寛郎さんが亡くなられた。享年91歳。3月12日(ルバング島から帰還した日)には、靖國神社の啓照館でお別れ会が計画されている。

 90を越すまでに“生きる”こと自体で達人の域にあるともいえるが、ルバング島での稀有なる30年戦闘のみならず、小野田自然塾での青少年育成の40年は想像を絶する重みと深さを感じさせて興味深い。ここには私自身、武道の修練面で、実戦闘の直伝の教えを受けた体験があるので、その一端を記して、後学の資としたい。

 私は神社本庁で昭和天皇を記念する財団の準備室にいた頃、平成3年から3年間、小野田さんの指導を受けて、至誠館の門人や國學院大學の学生に参加を呼びかけ、自然塾キャンプを開催した。“自然を味方にする”とか、“人は一人では生きられない”との教えが印象的だった。

 また平成10年の至誠館創設記念日には「極限下で私を支えたもの」との講演をしていただいたことがある。その折に、演武を見ていただくことになり、私は@初めの祓(はら)い A真剣立合 B木刀組太刀 C柔術・合気、そして最後に鎮魂の後、気力充実させての祓いの太刀の順序で披露した。

 その時、最も留意したことは、歴戦の勇士、小野田さんの目にどう映るかであった。國井善彌先生の鹿島神流は、昭和の最も実践的な武術と称せられたもの。その先生に学んだ鹿島の剣を、ルバング島の実戦闘での鍛錬を経た小野田元少尉がどうみるか――。そこに緊張感があった。

 出来栄えは、会場の静かさに比例する。悪くなかったと思った。だが見る目が違うと評価も変わってくる。演武が終わり、初めて交わした会話の中で、次の言葉があった。

 「刀に血流しが掘ってあるようで……。音が出る。音が出ると、実戦の時は、敵に気づかれて、はずされてしまう。よくない。」

 という意味合いで、ようやく聞き取れるほどの声であった。

 血流しとは、刀身の棟(むね)よりの側面につけた細長い溝のことで、刀を振ると、ピューッと音がして、いかにも斬った感じがする(テレビの殺陣ではさらに大きな音を出す)。國井先生からも、抜刀術を教えられた際、血流しで音を出すのは“素人だまし”と言われていた。

 だから小野田さんの指摘の意味は、よく理解できたし、そう映ったことに残念さも感じた。しかし即座にそうした感想を直言されたことに、実戦の鋭さを実感し、その忠告のありがたさを感じた。その旨、御礼の手紙を差し上げた。

 その返事が、次に引用する手紙(平成10年10月21日付)である。私信を公表するのは憚(はばか)られる面もあるが、私自身の未熟さが指摘されているので、私が恥を忍べば、現代に武道を探求する諸兄には役に立つかもしれないので、その一部を紹介する。冒頭の一節とともに味読してほしい。

 貴殿が演武された最後、ご神前で自らの気を鎮め肉体力の限界での技では、祓いの太刀は当然最高の速度で振られますから、通常の作りの刀でも僅かながら空気を裂く音が出る筈です。
 ところが今回使用された刀に血流しが施されておられた様に見受けられました。
 御承知の通り、血流は刀身を軽くして扱い易くする。更には溝を作ることに依って曲がりに強度を与える。つまり波型トタンが、より曲がりに強いのと同じ理論です。(略)
 以上無礼を承知の上で申し上げましたが、小生の考え方として貴殿程に熟達される技には往年「素人用」とされた刀剣はもったいない感じだったことです。
 又、気を鎮めた一瞬の一振りに、あの音は雑音とも受取れなくもないと考えたのです。

 というもの。武道修練の基底ともなる祓の太刀を探求する中で、

 一振りの冴は、血流しのない刀の方が現せる

 との一言は、30年の不撓不屈(ふとうふくつ)の錬武から生まれてきた貴重なる実戦の教えといえるだろう。

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