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コラム「大和心」
タイトル

 ドイツ人の友人から聞いた『真理の秘密の場所(The secret place of wisdom)』という話を紹介したい。

むかしむかし、神々は大たいへん心配されました。「もし人間が分別がつくほど十分に成長しないまま、“宇宙の真理”を発見して使用してしまったらとんでもない最悪の状態になるだろう」と。そこで、神々は、人間が本当に分別がつくような成長をきたすまで“宇宙の真理”を隠して保存することにしました。さて、ではどこに隠したらよいか。ある神様が提案しました。「地球で一番高い山のてっぺんに隠そう」、しかし、他の神々は「欲の強い人間はきっとその山に登って見つけるに違いない」と反対しました。またある神様が「海のもっとも深いところに隠したらどうだろうか」と意見しましたが、「いやいや、それは危険だ。分別のない人間は、自らの成長をきたす前に、がむしゃらにその場所を探し当てるだろう」と、やはり却下されました。最後に、最も賢い神様が次のように提案しました。「私は最適の隠し場所を知っています。“宇宙の真理”は、人間の内に隠しておくことにしましょう。そうすれば、人間が自分自身を内省し、自分自身の成長を成し遂げたときに初めて“宇宙の真理”に出会えることになる」と。神々は大いに賛同し、こうして“宇宙の真理”は人間自身の内に隠されたのでした。

 この話では、人間は自らの内に「宇宙の真理」有しているのだが、それに気づくためには自らの修行・努力が必要だということを諭している。自性発揮の修業と鍛練を為さずして、知的作業のみで真理を解き明かそうとか、宝物探しのように全知全能の力を獲得しようなどという行為が、どれだけ愚かで禍をもたらすかは歴史の示すところであるが、いまだにそれに気がつかない人々が多い。

 日本の武士道が、近代化という時代の激動を経ても今なお残っているのは、武道の鍛練には、まさにこの話のように「自分自身を内省し、自己の成長を成し遂げたときに初めて“宇宙の真理”に出会えることになる」修練方法を持ち合わせているからであろう。それによって、一人ひとりが確固たる思想を持ち、自立的に判断し行動できる人材を育成してきたのである。

 これにたいして、欧米の騎士道の場合、個々の騎士たちに自立した忠義の判断は求められず、契約関係に基づいて教会や王から示された服務規律に従うことが要求された。当然、教会や王が腐敗すればその命令に従う騎士たちも腐敗する。ヨーロッパで騎士道が消滅したのは、騎士そのものに主体的自己練磨や内省の慣習が根付かなかったためだと思われる。

 支配層の腐敗と堕落から、生命と安全と財産を守るための実力抵抗が、革命として成功し、西欧史に近代が刻まれた。その実力による勝利を正当化するために「人権思想」がつくられた。

 しかし、近代の人権思想は、権利の獲得のための活動を活性化させた反面、自己を内省し道徳倫理を養う努力は劣化させた。つまり、人間は努力せずとも生まれながらに権利を有しているとしたことで、人間が自己を内省し、内面の成長を図る必然性がなくなってしまった。また、その権利を行使することは正しいとみなすことで、権利を行使する主体の性質に関わらず個人の欲望の無制限な発動をも正当化できる根拠を与えた。

 フィリピンの台風災害の様子を見るに、被災したこと自体はたいへん気の毒ではあるが、その後の食料の強奪や、奪い合いの果ての殺し合いなどの報道に接すると、災害以上に悲壮な気持ちになる。米国でもハリケーン被害のときに同じ状況に落ちるのを見た。このような行為は、日本人の感覚から言えば、浅ましい行為である。しかし、彼らは、それを自然権を行使する正しい行為とみなす。これが近代欧米思想の根本原理である。

 個人の権利をより確実に保全するために、集団化し国家を形成するのが近代国民国家の仕組みだ。つまり、民主主義は個人の権利を保全するための手段としての契約とみなされる。本来は、自己の権利を無制限に発揚することが正しいのだが、自己保全のため、やむなく権利の一部を放棄して民主主義社会の一員と成る。だから、国家の政府は必要悪で、ベストのシステムではないがベターなものだということになる。

 その後、世界史は西欧史に飲み込まれ、国家単位で権利の争奪戦を繰り返し、冷戦によってピークに達した。そして、冷戦終了とともに、個人の権利の保全手段としての国家の役割は後退を迫られている。

 現在は、国家に依存しなくても自己保全ができる程に富める個人が現れ、その権利をいっそう拡張できる市場というシステムが確立された。彼らにとって民主主義は、もはや、権利を保全するための手段としての有効性は失われ、権利の行使を制約阻害するものとなってきた。つまり、市場原理による自由競争主義こそ、無制限に権利を行使できる正しいシステムというわけだ。

 もう一度、ドイツの友人から聞いた話に戻る。「もし人間が分別がつくほど十分に成長しないまま、“宇宙の真理”を発見して使用してしまったらとんでもない最悪の状態になるだろう」。

 人格形成や精神修養を全くしない人間が、莫大なる富と権力と武力を手に入れ、自己の権利を無制限に行使したら世界がどうなるのか。説明は要しないだろう。 

 権利の無制限の行使を可能とする自由競争原理を最優先し、唯一民主主義が制度として機能する国家が市場原理に介入することは認めないという思想は、まさにこの最悪の状態を現実のものとすることになる。

 日本の社会には、常に一貫した一つの「柱」が存在した。神武建国以来の「八紘為宇」という家族的「共存共栄」の思想とその実在としての天皇である。時代によって時の権力者が私利私欲に傾き、社会が大きく腐敗・混乱した情勢になると、天皇を中心に社会が正されてきた。日本の近代においては、明治天皇が「すべて神武創業の始に基づく」として、国民の力を集約する大義を明らかにし、自ら率先し範を御示しになった。

 同時にまた、「八紘為宇」の思想は、日本人に伝統的慣習として根付いており、家族的社会を維持するために国民一人一人が夫々努力を怠らず人倫を育んできたゆえに、国難や大規模な災害が生じても、かの国々のような浅ましい行為にはしらず、自己を犠牲にしても他者と社会に貢献しようとする高貴な精神が表れるのである。

 現代の日本の社会に足りないのは、物事を正すという考え方であろう。AとBの比較や評価、経済大国でなければいけないという目標、それに基づいて「経済成長しなければいけない」というもっともらしい意見があるが、そもそもなぜ経済大国になることが正しいのかといった根本的な議論は聞かれない。

 安保問題もしかり、集団的自衛権から始まり、国家安全保障会議、特定秘密保護法案と、米国から与えられた宿題(「日米同盟:未来のための変革と再生」の具現化、軍事情報包括保護協定〈GOMIA〉の国内法整備等)を遅ればせながら一挙に片付けようとしている。しかし、我が国の安全保障全般において、日米同盟を有効ではあるがひとつの手段として位置づけるような主体的戦略構想は、被占領時代のまま放置され依然として見えてこない。戦略は米国に任せ、日本はその中でうまく生き抜いていくなどという冷戦時代のようなことを考えているとすれば大問題だ。他国の決めた戦略に上手く乗っかりいい成績を上げて利益を頂戴しようなどと考えていると、根本性質が変わってしまう。略奪ゲームでいい成績を収めるようになるということは、その根本性質が略奪者になるということだ。

 世界中で最も長く経営を続けている企業は、578年創設の「金剛組」という日本企業であり、200年を超える企業数は圧倒的に日本が多いそうだ。その大多数の経営方針は、「家族のような会社」であり「世のため人のため働く」だという。

 人倫と道徳こそが社会と国家の力の基盤であり、日本にはそれを社会戦力化できる風土があるのだ。様々な政策議論は、損得勘定以前に、自らの価値観と照らし合わせて正しいものなのかどうかを判断することから出発しなければならない。

 長い歴史の中で、我々日本人は、一人ひとりが努力して、人倫道徳が文化慣習として機能する高貴な社会を築き上げてきた。その伝統に立ち返り社会を正していくことが必要なのだ。(あ)





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