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コラム「大和心」
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 自民党の圧勝という形で参議院選挙が終わった。6年ぶりの「ねじれ国会」の解消で、安定した国会運営の中、安倍政権への期待が高まっている。しかしながら、数々の政治課題が一挙に解決に向かうことは考えにくい。したがって、個別の課題への言及は避けるとして、優先すべき事柄について考えてみたい。

 現在の国際社会は、米国を中心に市場の競争原理を強化しようと動いている。当然ながら、競争には勝者と敗者が生じる。

 日本はいまだに、日米関係への過信と、冷戦時の経済大国意識を強く持っており、もう一度経済競争に勝つための環境整備を主要な政策としている。しかし、冷戦時のように、対ソ戦略上、米国が経済成長を支援してくれる環境は消滅し、米中関係が戦略的レベルで協調関係を築こうとしている現状で、冷戦時のような感覚で、経済競争に特化した国家運営をしていくのは不可能だ。

 また、市場が健全に機能し平等に競争できる、という条件が守られるとは限らない。市場のプレーヤーは私企業や個人であり、国家の介入を嫌う。国家が管理できていない市場のバランスが崩れたとき、自由競争原理は、ネガティブな側面が露骨に出てくる仕組みであることを忘れてはならない。つまり、民主主義を保障している国家が弱体化しているなかで、市場の勝者が自己を保全するため他者を排除する自由が正当化され、強烈な独裁的強制力として現れる状況だ。

 日本のような先進中流国家は、市場の醜い面が極度に達しないように関与するとともに、そうなった時にでも国家国民を保全できる力を準備しておく必要がある。

 日本人は、本来、リスクに強い伝統文化の中で生きてきた。その視点から見れば世界に類を見ない程の強靭さを発揮しているのにもかかわらず、政治レベルでは米国的な競争力を目指しているがゆえに、日本の真の実力を発揮できない状況に陥っている。

 米国的強さは、トップでなくてはできない強さであり、そしてそこに米国の脆弱性が内包されているにもかかわらず、米国的なものを盲目的に目指してしまっている。

 常にゲームマッチのような競争世界で勝利しなくてはならない、という衝動に駆られるが故に、勝利できなかった場合の事態から常に目をそむけて生きているとも言える。

 経済が悪くなるという警告も、ショック療法的に使用しているだけで、本当に悪くなった時のための政策は準備していない。企業でも国家でも危機管理が大事だと言われてはいるものの、常に経済的利益が優先され、危機管理は後回しにされてきた。

 しかし、個人単位の経済競争の時代に国家レベルの成長は期待できない。大企業の収益は社会にではなく株主に還元される時代、デトロイトのように公共機能が私の金融機関の管理下におかれる時代に進みつつある。

 市場原理という日本自身で決定できないルールに依存した政策は、博打(ばくち)のようなものだ。なぜなら、競争原理の働く環境下では、勝者がルール・メーカーとなり、常に自分に有利な環境を作ろうとするため、追随するものは、勝者が決めたルール・ボードへの適合に四苦八苦して、実力を出すことが難しいからだ。いい商品を作れば競争に勝てるなどという発想は、競争に勝つためにルールを管理するものの前に踏みにじられる。

 同様に、日米同盟が機能することを前提として組み立てられた防衛政策も極めて脆弱である。これはホワイトハウスや米議会の意志で、日本の運命が左右されることを意味するからである。

 当面する競争主義の世界で生き残ろうとするならば、仮にリーマン・ショックをはるかに凌(しの)ぐ経済危機が生じても生き残れる、日米同盟が機能しなくても自国を自らの手で防衛できるような体制を構築することが重要である。

 これから求められるのは、経済競争に勝つことだけを考えた政策ではない。最悪の環境下でも国家の意志を貫徹できるよう強靭な政策、また、それができる憲法の見直しではないのか。

 神武建国以来、天皇陛下を中心に君民一体となって、多くの苦難を乗り越えてきた伝統的日本文化を元に、今後起こりうる如何なる情勢にあっても、国民が力を合わせて生きていける基盤づくりこそ、最も優先すべき政治課題ではないか。(あ)

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