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コラム「大和心」
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 日本企業は、グローバル経済の最先端において熾烈な戦いを展開している。現代の市場原理に基づくこうした企業競争は、必然的に一方で貧困をつくり出し、格差を生み出してしまっている。というのも「貧窮者は競争の敗者だから自業自得。そんな敗者のために勝者の財産を課税などで徴収するような国家は不道徳」という市場主義者あるいは新自由主義者の道徳観に基づく競争原理が働くからだ。

 こうした貧富の格差を増長し続ける国際システムは、必然的にテロを生み、国家あるいは市場とテロリストたちの軍事的な対立の渦中に、日本国民や日本企業は必然的に入っているのだ。

 しかし、日本政府と日本企業の多くはこうした経済と安全保障の関わりにあまりにも無頓着過ぎるようだ。先のアルジェリアで発生したテロ事件も、過激な宗教信奉者の仕業などという安易な見方をせずに、世界規模で展開しているグローバル経済の光と影の脈絡で捉えなくてはならない。

 私は、日本武道における「礼」とは、「国譲り」神話にその原点があると考えている。天津神(あまつかみ)が、度重なる交渉の失敗にもかかわらず、自ら強攻策に出ることなく、物心両面にわたる誠心誠意、懇切鄭重に道義的提案をし、礼を尽くして交渉を繰り返す物語だ。

 この時、使者に遣わされた「タケミカヅチノカミ」は「いかに相手の尊厳を守りながら納得させるか」という点を重視し、徹頭徹尾「礼」を尽くして交渉にあたったのだ。中には交渉に応じずに戦を挑む国津神(くにつかみ)もいたが、武力を行使するときには相手を圧倒しつつも、相手を殲滅するようなことはしなかった。勝敗がつき相手が降参すれば、その尊厳を失わないように丁寧に処遇した。

 これによって、ついには天津神の提示した大義に国津神が帰一して「天地(あめつち)共に永久(とわ)に栄えん」との合意に至った経緯が記してある。これが実に、現代に至るまで、出雲大社をはじめ国津神を祀(まつ)る神社は全国各地に存在し、いまなお信仰を集めている。勝者が敗者の尊厳や価値観を踏みにじるようなことはしなかった証左である。だから日本各地には、地方文化が土地の氏神様と共に守られてきた。

 まずは、礼を尽くして交渉し戦いを避ける。にもかかわらず、相手が実力に出るならば戦わざるを得ない。しかし、戦った後も礼を尽くして決して敵対勢力をつくらない。戦を通じて敵対関係を逆に友好関係に変化させていく、この武の神話が武道における礼の淵源だと思われる。

 こうした視点で、明治の御代に起きた大逆事件を振り返ってみる。これは明治時代に大変影響力の強かった思想家でジャーナリストの幸徳秋水を中心とするグループによる事件である。

 この事件は、「過激な無政府主義者たちが計画したテロ」と単純に断じてしまうようなものではなく、その背景には、急速な経済発展による貧富の格差があった。明治政府は、富国強兵政策により著しい成果を得た反面、社会福祉対策は甚だしく立ち遅れた。それにもかかわらず、官憲による取り締まりが強化したことで、これに反抗する社会運動が激化した。秋水たちはそんな政府に反発し、政府の権力の源を断とうと考えたようである。

 彼らは事件を起こす前に逮捕されたが、彼のような考え方、政府に対する批判は、当時米国で育ったキリスト教社会主義や組合主義の影響下にあった人々の間で広く浸透していた。官憲は、こうした動きを強圧的に取り締まっていったのだが、これによって社会がより不安定になり、こうした勢力が巨大な反政府勢力に膨れ上がる危険性もあった。

 こうした状況で、まさに事件決行の予定日であった明治44年2月11日、桂首相は明治天皇から、貧民救済のため「施療済世の勅語」を賜る。明治天皇は恩賜金を桂首相に与え「無告の窮民」を救済すべく「済生会」、正式には「恩賜財団済生会」を設立させた。つまり、明治天皇の命によって貧しい人の救済のための基金が設けられ、社会活動が展開されたのである。その際、当時政府がこの活動の「宣伝」効果を高めるために「恩賜財団」の大きな文字を書き添えたところ、明治天皇は「この事業は朕一人で行うのではなく、朕が国民と共に行うことであるから、『恩賜財団』の文字は改めるようにせよ」と仰せられたという逸話もある。また、暗殺関与の罪で死刑が確定した者に対し、明治天皇の恩赦により、半数が減刑となり死刑を免れた。

 弱者、窮民の救済、こうした明治天皇の大御心があればこそ日本国民の結束が保たれたものと考える。この大御心は、仁徳天皇の『民の竈』や、大震災大津波などがあった際の歴代天皇のみことのり等に拝察されるものであり、そして東日本大震災に直面しての今上陛下のお言葉に、窮民救済の御精神として貫かれている。

 テロを非難し弾圧を加えるよりも、相手がテロ行為に至った心情や背景に対する理解を示し、正義心によるやむにやまれぬ義挙にたいしては犯罪者とするのではなく、極端に言えば貧民救済のために立ちあがった英雄として彼の精神を祀り、二度とそのようなことがないように、我々も最善を尽くす、というのが、日本の神話的な治め方である。

 グローバル経済戦争で勝利を治めようとする日本政府と企業は、一方で市場経済システムがつくり出す社会の不均衡に対して、富の再配分を促す活動をより積極的に行っていかなくてはならない。

 国際的には、例えばODAを使ったJICAの国際協力活動をリンクさせて、富の不均衡の是正に向けた取り組みを行うような総合的な働き掛けが必要だ。自衛隊の海外活動も、世界の窮民救済を目的としてインター・エージェンシーで遂行するのがよい。

 国内的には、何よりも富みの格差をつくらないことだ。富の格差が拡大すれば必ず社会は混乱し政変が生じる。そんな状況では国際競争力も経済成長も期待できない。経済的利潤のみが国益ではない。天皇陛下を中心に国民の心が一致団結することこそ我が国の国益で根源ではないか。武道における「礼」の考え方を取り入れて、経済競争の勝者は窮民に礼と救済を尽くすべきだ。そして国家の政治は、貧富の差を生み出してしまう市場経済の負の側面を補う総合的な政策を遂行することこそが責務であろう。(あ)

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