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コラム「大和心」


 安政3年(1856)7月、米国の総領事ハリスが下田に赴任して日米交渉をしたときの様子を、勝海舟は次のように評価している。

 ハリスの主張ははなはだ強硬であった。交渉に当たる幕府は何とかしてハリスの要求を押し返そうとするのだが、彼は少しも聞き入れなかった。無理もない。彼が天下の公議と必然の理を持って主張してくるのに対し、幕府側は、日本国内の小節に立って応対しているのだ。だから一々言い負かされ、先方の言うとおりになってしまうのである。これがアメリカの軽蔑を受ける第一歩であった。幕府は、泰平時の古い考えに立脚して何が何でも拒むのだが、相手が威力で圧倒してくるとたちまち屈してしまうのだ。許されてならぬものが許される。こういう事態を見せるのだから、愚弄されないわけがないのである。(『勝海舟文言抄』を参考)

 さて、これは、まさに今の日本と同じではないか。岡田外相は日米交渉で「与党の中には社民党が入っているので、意見調整が難しいということを理解してほしい」といったという。政権政局のため自らが選択した政権構造の内幕なんぞを米国に説明したところでなんになるというのだろうか。

 しかし、これは、自民党政権でも同じこと。戦後長きにわたり破廉恥な交渉を続けてきた。このような政治家だらけの戦後体制の中で、対等なる日米関係構築など期待などできようはずが無い。

 さらに勝海舟の時評(慶応2年)を紹介する。

 外国人と手を結ぼうとしているものがあるという話が真実であるのか、ただの噂なのか、私は知らぬ。しかし、幕府はフランスに資金借款を行う秘策があるわけだが、それに先立って長州藩はイギリスから30数万金を借りたといわれる。また、イギリスの公使は鹿児島や宇和島を訪問して深い交渉を持ったといわれる。
  フランスは餓狼、イギリスは飢虎だ。もしこの餓狼たるフランスに肉を放りなげてやったとしよう。腮(あご)を張り目を瞋(いか)らした狼は、肉以外のことを考えるひまがなくなる。となれば、狐や兎どもまでががトラたるイギリスの威をかりて私欲をはかろうとやってくるにちがいない。
  噂が真実であるなら、天下の大乱、万民が塗炭の苦しみに陥ること寸前にあることになる。悲嘆に涙して私が主張しなければならないのもここにある。
  災いとは天から降ってこない、小人が起こすのだ。幕府が堂々たる姿勢に立ち戻りさえすれば、どのような奸邪のたくらみも破産し、有益なものが残るであろう。幕政につくものに「私」があれば人々はもっとはなはだしい「大私」で応じてくる。たとえ人々に「私」があっても、こちらが「正」を押し出し公明正大を保つのであれば、これに感服してこない日本人はいないはずだ。至誠、それは神のごときものである。(『勝海舟文言抄』を参考)

 片や米国の力を頼みにする政治家、方や中国の力を頼みにする政治家。自らの利権に国や国民を省みない商人たち。現状は、維新を必然とした幕末と同じ状況ではないか。

 さて、かかる時に武士道を練磨する者の取るべき道は何か。今、人気の坂本龍馬は、姉乙女への書簡で次のように述べている。

 真に嘆くべきことは、長門の国に戦争始まり、後月より六度の戦ひに、日本にはなはだ利少なく候。あきれ果てたることは、その戦いたる船を江戸で修復いたし、また長州で戦ひ候は、これみな姦吏の夷人に内通いたし候ものにて候。右の姦吏などは、よほど勢もこれあり、大勢にて候へども、龍馬、同志を募り、朝廷より先づ神州を保つの大本を乞て、それより江戸の同志と心を合せ、右申すところの姦吏を一時に軍いたし打殺し、日本を今一度洗濯致し度の心願にて候。しかるに龍馬少しもつかへを求めず、実に天下に人物のなき事、これを以て知るべく、嘆くべし。
 私を決して長くあるものと思召しては、やくたいにて候。私は死ぬる日は、天下大変にて、生きてをりても役に立たず、居らずとも構わせぬようならねば、中々こすいいやな奴で、死にはせぬ。然るに土佐の芋掘とも何とも言はれぬ居候に生れて、一人の力で天下を動かすべきは、これまた天のする事。今日までも決して決してつけ上りはせず、益々すみこみて、泥の中の蜆貝のように、常に土を鼻の先につけ、砂を頭へかぶり居申候。ご安心なされたし。(遠山操編『志士書簡』より。下線は筆者)

 天皇陛下への忠心のもと、一人の力で天下を動かさんとする自覚と気概がうかがえる。この自覚と気概こそ、日本の武人が建国以来、二千年以上にわたり継承してきた大丈夫の心。万葉集にある大伴家持卿が詠める防人の歌に、偉大なる自覚が見られる。

 海行かば 水漬(みづ)く屍(かばね) 山行かば 草生す屍大王の 辺(へ)にこそ死なめ かへり見はせじ (との家訓を身に体して)
 梓弓 手に取り持ちて 剣大刀 腰に取り佩(は)き 朝守り 夕の守りに 大王の 御門の守り 我をおきて また人はあらじ (下線は筆者)

 また、大楠公の後醍醐天皇に対する奏上は、最も端的である。

 正成一人生きて在りと聞こし召され候はば、聖運ついに開かるべしと思召され候へ(抜粋。下線は筆者)

 この精神を継承するのならば、既存の政党政治家、新たな政党などに期待などするものではあるまい。そのような仕組みそのものを根底から洗濯し直すというぐらいの気概の者が必要とされる時代に突入したのだ。(あ)

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