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コラム「大和心」


 今年は、日米安保条約改定50周年になる。いまや、朝日新聞の世論調査でさえも、国民の7割以上が日米安保体制の存続を望んでいるという。

 1951(昭和26)年サンフランシスコにおいて、わが国は米国との間で旧日米安保条約を締結した。吉田首相(当時)が、サンフランシスコ平和会議において「敗戦日本としては自力をもってわが独立を守り得る国力の回復するまで、あるいは日本地域における国際の平和と安全とが国際連合の措置もしくはその他集団安全保障制度によって確保される日がくるまで、米国軍の駐在を求めざるを得ないのであります」と述べたように、米軍の占領下に、独立を自力で為しえない状況の日本にとって、苦渋の選択としての、日米安保条約の締結だったはずだ。

 しかし、その後10年の間に、日本政府は自力をもってわが独立を守ることを放棄して、1960(昭和35)年現在の日米安保条約を結び、その条約の10条の規定に基づき自動延長のまま現在に至っている。この改定により、防衛のための暫定措置としていた日米安保条約が、自動延長を条項に付け加えた半永久的な性格に変わり、第5条で米国の日本防衛義務を課したことで、日本は自国の安全に自分で責任を持つ自立の精神を政治課題としなくなった。その結果、国民が外国勢力に拉致されようが、自国の責任とは認識せず、その解決を米国にお願いするという有様に至った。

 ところが、日本の防衛の頼みとする米軍との間には、日米共同の行動メカニズムが存在しない。仮に日本領土内の防衛事態で日米安保が動き出せば、米軍は完全に独自の指揮・命令で行動することになる。軍事的合理性を優先する米軍の戦闘に伴う友軍及び一般住民の損害の多さは顕著であり、その国に安全を丸投げしている以上、国民の被害は当然予期せざるをえない。

 また、1月19日付朝日新聞の社説「同盟も9条も」にあるように、日米安保条約は、憲法9条とセットになって論ぜられることが多い。つまり、「わがくには、自力での自国防衛を放棄するから、日米安保が不可欠」という論だ。この社説の「9条とセットがもたらす安心感こそ、日米同盟への日本国民の安心感があるのではないか」という論調にあるように、「私たちは武器を持つと何をしでかすかわからないから……自分の国の防衛も米軍にお願いするほうがいい」というのだ。この発想は、自分の行動を自分で管理できないというのだから、とても自立した大人が考えることではない。永久に自立せずに、保護されたまま過ごしたいという甘えの発想である。

 日米安保は安上がりといっているが、日米間のマクロな仕組みで眺めてみれば、決して安上がりではない。結局、いくら日本が経済的に成長しても、その経済活動を担保している安全保障の骨幹を米国に依存していることから、日本のお金はいろいろな形で米国に流れていく仕組みになっている。

 そもそも、日米同盟はいかなる機能を果たしてきたのだろうか。
大東亜戦争終戦後、日本の国力のすべてを削ぎ落とし、自己保存能力もない集団として、一世紀後には跡形もなくなるような占領政策が取られた。しかし、ソビエトとの対立が表面化するにいたって『対ソ封じ込め』戦略上のパートナーとして、米国の日本管理の方向性が経済復興政策へと百八十度変わる。

 冷戦構造の中、日本は米国の期待どおり、日本領土内に米軍を展開させることによって、ソ連軍の戦力を欧州正面と極東正面の東西に分割させ、また、西側経済システムの重要な一員としての経済成長を遂げた。このように、米国の対ソ戦略上、日米同盟は軍事・経済面で特別に重要な役割を果たしたのは、事実である。

 ところが、冷戦終結とともに、この戦略構造が消滅し、米国の戦略転換が訪れた。さらに、アジアでは、中国が経済大国・軍事大国へと成長し、米国のパートナーとしての実力を備えた。ソビエトと中国の決定的違いは、ソビエトが米国と対抗的経済システムを構築したのに対し、中国は米国の経済システムの中に参入してきたことで、イデオロギーを越えた実益上の関係を構築したことだ。一方、日本の経済力と在日米軍基地は、米国の世界戦略上の意義を失うことになった。経済面では、いったんは強力な競争相手とみなされ、政治的関心がもたれたが、いまや、日本の経済再成長を期待する者はいなくなり、せいぜい、日本の保有する金融資産を国際市場に引き出して利用する程度の価値しか見当たらなくなった。在日米軍基地は、経費を日本が払ってくれる等便利な仕組みがあるので、既得権として居座ったほうが有利だといったところか。

 こんな状況では、『日米安保50年、日米同盟の深化』を唱えて米国のご機嫌を伺っても、日本の戦略的価値を高めるような効果はない。むしろ、人間で言えば、いつまでも自立できない大人として、世界中の軽蔑の対象になるだけだ。

 本気で、対等な日米関係を構築するためには、50年の節目に日米安保条約の自動延長はやめて、条約そのものの見直しを進めるべきである。それによって、日本の国の安全を確保する責任は日本国民にあるという意志を国内外に明示するべきだ。その上で、改めて日米の協調的方向性を打ち出すのならそれもいいだろう。しかし、自分たちの安全について何も考えないままの安保条約の自動延長では、わが国及び国民の自立意識は取り戻せない。

 武道の稽古で、今日本人がもっとも必要としているのは、自立した精神の育成ではないだろうか。日本人として守るべきものを守り通すという決意。決意を実践する勇気。戦いも辞さぬという気概。このような精神を武道を通じて育成し、わが国が独立国家として存続するため活動基盤を作り上げなくてはいけない。(あ)

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