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コラム「大和心」




 師走というのは、何かと気ぜわしいものだが、昨年来の深刻な経済状況の中、気ぜわしさを通り越して、混乱の体をなしている。世の中は、直面する問題にばかり気が集中し、国の土台が揺るいでいることに気がつかない様子だ。

 世界で最も多くの資産を有する投資家の一人であるジョージ・ソロスは、『グローバル資本主義の危機』(1999年)の中で、「グローバル経済に巻き込まれた国家というものは、コスト削減のために社会保障制度、雇用制度など国民福祉を低下させ、資本の税金を減らさなくてはならない。政府が国家予算を維持するためには、消費の税金を増やす必要がある」と指摘している。

日本においては、小泉政権下において、グローバル資本主義の真只中へ突入した。その結果、社会保障、雇用、福祉の低下はもとより、経済活動の主たるプレイヤーへの優遇税制、中央政府の徴税権限を強化する方向へと進んだ。先進諸国の中で最も貧富の差が少ないといわれたわが国においても、米国のグローバル化に取り込まれたままでは、今後ますます富の格差が広がることは避けられない。

 ソロス氏が指摘しているように、国家の政治が、グローバル市場の原理に焦点を当てて運営されれば、その国は、富を獲得したものだけが生き残る社会へと変質するのだ。

 元を正さず、末端をどうこうしても問題は何も変わらない。経済の問題を経済だけで解決しようというのも了見が狭い。これらは全て、問題は国内で起きているが、その源は国際政治であり、競争と協調の渦巻く国際社会という戦場で、安全保障と経済システムを米国に依存したままの日本の基本姿勢を、今後どうするかにかかっている。

本来の日本の中心をないがしろにして、表面の問題に力を注ぐという状態は、武道の理に反している。武道では、心身の中心を強く保ち、相手には柔軟に対応するように心がける。例えば、体術では相手の攻撃を受ける部位は、体全体で見れば、まさに問題に直面しているのだが、そこは受け流して、別の部位から中心の力を作用させる。

 なぜなら、一つには、相手の力が働く部位を硬くしたのでは、自分の体の中心にまで影響し、全体が崩れやすくなるということがある。そうすると、心もまた動揺を来たす。二つには、相手が力を働かせた部位よりは、相手が力を働かせにくい部位から攻めたほうが効率的だからである。これは、逆に相手が動揺をきたすことになる。

 また、攻撃を受けた部位だけ見れば、「負けて勝つ」ということだ。局所ではいったん負けるものの中心は安定して崩さず、その間に相手の中心を崩すことで、結果的に全体として巻き返して勝利するということだ。

 昔は、実際には刀を持って斬り合いなどしない殿様でも、剣術、弓術、馬術など武芸百般を学んだ。その理由は、実際の戦いの理合いを武術を通じて体得し、戦や政治を理論的にではなく、実践的に判断できる能力を身につける必要があったからにほかならない。徳川三代家光は「天下の政治は(剣術指南役)但馬に学んでその大体を得た」といったそうだ。

 国際政治は、経済だけではない。情報、環境、文化、技術、教育などのソフト・パワーや、工業、建設・土木、農林水産、軍事などのハード・パワーまで全てを駆使しなくては政治足りえない。そもそも、日本が一等国になりえたのは、日本人そのもののソフト・パワーが優れていたからに他ならない。しかし、それ以上に大事なのが、そのパワーを使う国としての中心力である。天皇を中核として国民が一体とならなくては、厳しさを増す国際社会で日本は衰退してしまう。

 徳川家光のように、政治家は少し武道をたしなみ、その「理合い」を学んではどうか。(あ)

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