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コラム「大和心」



 3年前の7月に出版された徳富蘇峰の『終戦後日記』(のちに1年余りかけて四巻まで刊行。講談社)は、敗戦と被占領下の日本人の意識やその状況を知る生々しくも貴重なる記録で、日本の近現代史を学ぶものにとっては必読の書といえる。

 蘇峰(1863〜1957)は、歴史家で日本のジャーナリストの重鎮。しかも明治、大正、昭和の政治に通じた史眼をもち、名著『近世日本国民史』百巻のほか政事・時事など数多の著作を遺している。ここには歴史論は別として長年の歴史研究と未曾有の敗戦、占領期の“戦争犯罪人”の被告ともなる立場の経験から、一つのすぐれた日本人論が導き出されているので紹介したい。それは日本人の戦いの歴史から生れてきた武道の基盤といえるものである。


『徳富蘇峰 終戦後日記3 ――「頑蘇夢物語」歴史篇』

 国文学者の芳賀矢一博士がその著『国民性十論』で、日本人の特性として、
一、 忠君愛国
二、 祖先を崇び、家名を重んず
三、 現世的、実際的
四、 草木を愛し、自然を喜ぶ
――などを挙げているが、蘇峰は、「率直に語れば、月並的であって、日本国民の特色ともいうべき骨髄に触れていない」という。それでは何が骨髄かというと、

 日本人の特色の一は、摂受性であって、他の一は反撥性である。あるいはこれを弾力というてもよかろう。即ち新らしいものが好きであり、珍らしきものが好きであり、何でも彼でも、他の物を取入れる事が好きであり、同時にそれをそのままでなくして、我が物とする事が、上手である。

という。そしてこの摂受性と反撥性をふまえて、「更に日本人は、負けじ魂の持主である」と指摘している。

 この魂が、日本人をして日本たらしめ、日本国をして日本国たらしめたるものである。

 とまで極論している。

 日本歴史を通読するに、神武天皇より昭和の今上の御代に至る迄、この負けじ魂が、日本歴史を一貫している。而(しか)してこの魂が、幾たびか滅びんとする日本を、蘇生せしめ、壊崩(かいほう)せんとする日本を緊縮せしめた。即ち日本の殆ど総てが、この負けじ魂の中に存すと言うも、決して過言ではあるまい。

 と。昭和の御代に至る迄とあるが、ここに蘇峰が慨嘆、自責の念にかられた未曾有の敗戦、被占領下の「軽佻浮薄(けいちょうふはく)」な日本人が入っているのか否か。

 日本人が支那人に対して、常に日本は神国なりといい、日本は世界の中心であるといい、日本の皇室は万世一系であるといい、国体の自慢を以て、あらゆる日本の引け目、弱味、負け味を、一掃し去らんとするが、全くこの負けじ魂の致す所と、いわねばならぬ。若(も)し日本人に宝がありとすれば、これである。


と、昭和21年7月23日の日記は、記録されている。あらゆる日本の引け目、弱味、負け味を一掃した上での特色と解していいだろう。百年後の人々に訴えんとして、終戦の3日後の昭和20年8月18日から書き綴られた日記は「頑蘇夢物語」と銘うたれた。大東亜戦争の大義、皇室中心主義を一貫して訴えつつも、戦争指導の拙劣さ、嘘の戦況報道、無条件降伏が占領政策に及ぼした悪影響、日本政府と国民意識の著しい変化をありのままに綴ってきて一年となる。日本国および国民に対する幻滅からさめての、終局での日本人負けじ魂論ともいえる。

 戦後60有余年、いまなお残る敗戦後遺症は重く、日本の現状と将来への憂いは深いが、この負けじ魂論は、民族国家再生の一灯といえるかも知れない。武道必勝の心法も同じところにある。(い)

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