メニュー
明治神宮ロゴ
メニュー
コラム「大和心」



 神道や日本史観は、連続あるいは連接という意識を持つ。神々と万物の連続、自然と人の連接、正統性による歴史の連続、家の連続等、日本人の根底には、断絶を嫌い繋がりを好むという文化が形成されてきたように思う。したがって、これとはまったく逆の排他的宗教、勝者による歴史の改ざん・断絶、対立を支配や契約でしか解決できないと考える人にしてみれば、相手を思いやることで繋がりを見出そうとする日本人は無警戒でお人好し、自己主張もせず相手を受け入れる異常な性質に見えるであろう。

 戦い方でも同じことが言える。武道の練武は、簡明に表現すれば、「自己の心身の中核を養い、これを他に作用しうるよう心技体を修学・鍛錬し、この能力を適時・適切に実用できる感性を磨く」ということになろう。この中で、武道が持つ特徴的なことは、「我が意思を相手に及ぼすには、より強力な力をもって強制する」という格闘技にありがちな対立的発想ではなく、「自己の心身を他に作用させるにあたり、相手を包容同化する」という相和する発想を持つ点にある。

 これは、自己と敵対者との間に精神的にも肉体的にも断絶する境界を作らないということである。剣と剣の戦いでも、相手の剣を叩き折るとか打ち返すのではなく、相手の心と呼吸に連接を図り、そこから我が正気を相手に浸透貫徹させようとするのである。

 鹿島神流国井先生の言葉に、

 厳に大義を重んじ包容同化の精神を培養し、たとえ敵対者に対しても日ごろ練磨した術技によって己を全うし、相手方の非を是正するところに真の武術の意義が生ずる。術技を通じ包容同化の精神如実に具現しえたとき、自他共に生存の実が生ずるので、真武の下に平和があり、平和の母体として(武道)が存すべき

とあるが、これは武道が、単に相手を倒したり傷つけたりする術技を超えて、身近な社会問題から国際関係の解決にまで応用させうる可能性を示唆している。そして、その具体的手段が、戦いの中でさえ、敵対者と連接を見出そうとする発想である。

 武道は、戦いの技術でありながら、その深層に彼我の物理的連接の中に「相手と和する心」を見出し、勝負が決してもそれを捨てまいとするからこそ、現代の社会にあって国際的関心を広めているのであろう。しかし、これは、長い歴史の中で養われた日本人の感性を基盤にしてこそ、真の威力を発揚しうるものである。日本人がこの武道精神の威力を取り戻し、我が国そして世界のために大いに活躍することこそ悲願である。(あ)

-大和心トップに戻る-

 

サイトマップ お問い合わせ Q&A 明治神宮外苑 明治神宮の結婚式 刊行物の御案内 崇敬会について 武道場 至誠館 国際神道文化研究所 宝物殿 明治神宮へのアクセス 明治神宮の自然、みどころ ご参拝されるかたへ 祭典と行事 明治神宮とは トップページへ 最新情報 至誠館の歩み 図書紹介 入門案内・施設概要・地図 コラム「大和心」 武道とはなにか 寄稿「私と武道」 海外要人の来訪 各課の鍛錬時間 年間行事とお知らせ 国際交流 至誠会(門人の会)便り