メニュー
明治神宮ロゴ
メニュー
コラム「大和心」

 突如襲いかかる狂気の刃から「身の安全を守る」には、いかにすべきか――。

 すぐに役立つ秘策というものはない。

 だが心の安心を得る方途はある。それは現実を直視して、戦う意志を固めることに始まる。

 今回の元厚生事務次官ら連続殺傷事件は、国民の生命の危機に対する問題提起となったといってよい。

 しかもその凶悪犯人逮捕は、国内の治安を担う警察の総元締の警視庁への犯人側からの“自主出頭”で解決をみた形で、取り締まり当局への国民の信頼感とは結びつかなかった。さる6月、白昼17人の善良なる都民が次々と刃物で襲われた東京・秋葉原の無差別殺傷事件の悪夢がよみがえり、まさに無防備の市民の護身のあり方が、重ねて突きつけられた形となった。

 無惨な殺傷事件にいたる犯罪の動機は、連日のマスコミ報道で報ぜられているものの、何とも理解しがたい面が多く論述できないので、ここには善良なる市民の側の防衛策、とくに武道の心得という面から、何が大切かについて考えてみたい。


《自立の意志》

 身を守るとは、他に頼ろうとする心を捨て、自らの身の安全を確保するという、“自立の意志”をもつことを根本とする。

 それは一言でいえば、

 生命を守るために、戦う意志を固める

ということで、誰にでも自明のことである。しかしそれを実行するとなると今日の日本人には、容易なことではない。個人、家族のみならず、社会、国家が、自主独立していない甘えの中にいてまだ脱していないからだ。

 しかし、個々人の意識を変えることで、全体が変わってくる場合もある。

 戦う意志をもつことで、時が経ち、体験を繰り返す中で、その意識が心身に浸透していき、それ以後のその人の行動や心の持ち方が変わり、状況判断も的確になって、対処法も上手になっていく。

 武道の修練で言えば、志を立て、入門して精神気概を培い、稽古を重ねることで心と身体が鍛えられ、技が磨かれて、強さが増していく。植物の種を土の中に植えて育てることに似ている。

 しかしこの「意志」がなければ、種をまかないで水をやるのと同じで、植物は育たない。

 植物の「種」となる、人間の「意志」がなければその時々、その場かぎりの出来心、遊び心で体力を発散しているのと同じで、鍛錬や修養の力とはなりえない。

 戦いを避ける、逃げる、考えず具体策を講じない等々――つまり無から有は生じないわけで、危機から身を守る手立てはでてこないことは理解できるだろう。現実を直視して、自らをその場において身の安全を考え、具体策を工夫して備えておくことが安全対策の着実は第一歩というほかないだろう。

 その状況は、明治維新前夜にも似ていて、伝統的な武道の復活が求められている。しかしそれらは性急に求められるものではない。

 まず維新回天の尊皇攘夷の精神気概にとぼしい現状をどう打破するか。
「今こそ変革維新のとき」
との時局認識が必要だ。その上で、
「日本武道の伝統精神を見つめ直す」
それは何も新しい創作を求めているのではない。日常惰性に陥っている武道≠、心あらたに再生して行く。

 


  真の武道とは、その修練とは何か――。
その辺を一語で言えば、真の伝統≠ノ帰るといえるだろう。つまり、日本人としての高き貴き志を立て(理念の確立)、やりぬく(勝たねばやまぬ)気概を養い、その目標を達成していく総合力の基盤を養うことである。

 ありがたいことには明治天皇、昭憲皇太后の尚武にかかわる御製、御歌には、武道鍛練の心が端的に示されていて、道場神棚の横に月をかえて掲げられ私たちを激励されている。その一部を紹介すると、

御 製
身にはよし佩(は)かずなりても剣(つるぎ)太刀
とぎな忘れそ大和心を

ゆみやもて神のをさめしわが國に
うまれしをのこ心ゆるぶな

敷しまのやまとごころをきたへよと
神のつたへしつるぎなるらむ


御 歌
みがかずば玉の光はいでざらむ
人のこころもかくこそあるらし

たのもしきなにはあれども戦に
勝たではやまぬやまとだましひ

 もしこうした鎮守の森にひそむ日本文化の底力を発揮して、武道の精神が国内のみならず海外にも普及して世界に誰もが共鳴する公明正大なる正気が漲(みなぎ)って行くならば、国の内外に大いなる影響を及ぼして行くことだろう。「ことしあらば火にも水にも入りなむ」と心をさだめそれを実現する気概を、武術の修練を通じて養い育てて行くならば、それこそが、「やがて(不撓不屈の)大和魂」になって行くという誰にもわかりやすいお教えにも通じて行く。

 地球規模の気候変動や自然破壊、国際紛争やテロ事件の多発と、国内治安の悪化による人心の荒廃は、まさに長い伝統に培われてきた武道が実戦≠ノ役立つか否かの真価が問われているといえる。思い返してみるといい、2001年9月のニューヨークの同時多発テロやその後の紛争や風水害で夥しい生命が失われた時のことを! これらの世界の現状を直視せず、その対処を考えず、心法を工夫せずして、真の武道の修練ということができようか。

 もし、日本民族の真の伝統文化であるならば現代の危機難局にあってもそれらをのり越えるだけの力を発揮しうるだろうとの逆の問いかけもできる。しかもこの難局は、単に日本一国、日本人のみに直面する状況ではない。全地球規模で協心努力≠オて行かねばならないもので、志を同じくし、連携をつよめて国際武士道≠実行するともいうべきものであろう。

 至誠館武道のめざすところは、幕末維新期の武士道とともに明治の御代に、日清、日露戦役で花ひらいた国際武士道の現代版ということができようが、それにはまず国民こぞって、明治天皇の大御心を体して、大和だましいをみがき、不抜の気概を養う覚悟を固めつつ、役に立つ武道を再生し、次代を担う国内外の人材を育成して行く必要があろう。

-大和心トップに戻る-

 

サイトマップ お問い合わせ Q&A 明治神宮外苑 明治神宮の結婚式 刊行物の御案内 崇敬会について 武道場 至誠館 国際神道文化研究所 宝物殿 明治神宮へのアクセス 明治神宮の自然、みどころ ご参拝されるかたへ 祭典と行事 明治神宮とは トップページへ 最新情報 至誠館の歩み 図書紹介 入門案内・施設概要・地図 コラム「大和心」 武道とはなにか 寄稿「私と武道」 海外要人の来訪 各課の鍛錬時間 年間行事とお知らせ 国際交流 至誠会(門人の会)便り