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コラム「大和心」


犠牲者への黙祷

明治天皇御製
      國といふくにのかがみとなるばかり
             みがけますらを大和だましひ

 
 5月12日マグニチュード8というすさまじい大地震が中国・四川省を襲った。日本の国際緊急援助隊(21名)が中国政府の要請をうけ、他国にさきがけて被災地に向ったのが、人名救助活動の限界とされる72時間後の15日で、人命救助の使命を果せない無念な形で帰国したのが、5日後の21日であった。しかし、絶望と無念といらだちの中で、救援隊のまことが人々の心を揺さぶった。

 5万人を超える死者を出した現地の模様を朝日(5・22)は、「人命救助のプロフェショナルでさえ言葉を失うほどの惨状だった。―隊員の言葉の端に、持てる力を尽くしきれなかった無念がにじんだ」と伝えて、2段ものの1枚の写真をのせている。

 それは母子の遺体を真中に置き、両側に整列した全隊員が黙祷を捧げているもので、印象深い姿を写し出していた。

 同じ写真のようだが、読売(5・21)は、一段扱いで小さく(すでに前日に写真を載せていたからか)、その場の雰囲気は伝わってこなかったが、見出しが大きく「中国で絶賛」「日本救助隊の犠牲者への黙とう」で、記事内容は注目を惹くものであった。

 四川大地震被災地での活動を終え、21日に帰国する日本の国際緊急援助チームが、中国で絶賛されている。生存者救出こそならなかったが、整列して犠牲者に黙とうをささげた1枚の写真=新華社AP=が中国人の心を激しく揺さぶったためだ。

 朝日によるとこの写真は、最初の活動現場となった青山県喬荘。倒壊した病院の職員宿舎で、17日朝、生後間もない赤ちゃんと母親の遺体を収容したときのもの。
 読売の記事はさらに次のように伝えている。

 「ありがとう、日本」
 「感動した」
 「かっこいいぞ」……インターネット掲示板に賛辞があふれた。犠牲者数万人、遺体は直ちに埋葬という絶望的状況に圧倒されていた中国の人々は、外国、しかも、過去の「歴史」から多くが嫌悪感を抱く日本の救援隊が、二つの同胞の命にささげた敬意に打たれた。
 「大事にしてくれた」ことへの感謝と同時に、失われた命もおろそかにしない姿勢は、「我々も犠牲者に最後の尊厳を与えるよう努力すべきだ」(新京報紙の論文)という、中国人としての自省にもつがなった。

 と報じながら、次のような報告も加えている。

 ネット掲示板は元来、「反日」の温床だが、日本隊の黙とうで、「対日観が大きく変わった」との声も寄せられている。強硬派らしい人物は、「日本と戦わなくてはならない時は全力で戦う」と記した後、「だが、日本人が助けを必要としている時には必ず行く」と続けた。「とっとと出て行け!」という反日的な声には即座に非難が集中した。

 とある。犠牲者数万人(8万人を超えると予想されている)という絶望的状況の中に圧倒されていた中国の人々が、日本の救援隊が、母子2つの同胞の命にささげた敬意の姿に接し、大事にしてくれた感謝と同時に、失われた命もおろそかにしない姿勢をみて心動かされたことは想像に難くない。

 ただ果して、中国人としての自省につながったか否かは分らないが、生後間もない赤ちゃんと母親の遺体を前にしての日本隊の黙祷の心は、中国人のみならず、われら同胞日本人の魂をもよみがえらせた面があるのではないか。

 こうした非常、危難の際の国際救助隊の犠牲的行動と精神こそ、本来の大和魂のひとつのあらわれで、それが民族の心と心のわだかまりを祓い清め結びつける強いよすがとなって行く。武道の修養は、まさに祓いのこころにある。国際緊急援助隊の武士道精神に賛辞を送りたい。

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