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コラム「大和心」



 武士たらんものは、正月元旦の朝、雑煮の餅を祝ふとて、箸を取初るより、其年の大晦日の夕べに至るまで日々夜々死を常に心にあつるを以て、本意の第一と仕り候


 上の一節は、江戸中期の軍学者で儒学者の大道寺友山(1639〜1730)の武道初心集、総論冒頭の言葉で、当時の武家社会のありさまを憂えて、武士の本来あるべき心掛けを述べたものである。

 「心にあつる」とは、心にあてることで、死を覚悟するという意味。この総論で、「日々夜々死を常に心にあつる」ことが初心の武士たるものの心得であることを強調している。生死を決するとの実戦から遠く離れてしまった今日の武道論からすれば、死を覚悟することが、なぜ「初心」の心得なのか。人間としての最期の奥妙なる決断というべきではないかと考えがちだが、真の武道を探求すれば、やはり初心の心得というべきである。だが、初期だから容易とか軽いというのではない。最も重要で、基盤となるという意味である。

 志があり、優れた技があり、鍛えた体があっても、戦いで死に直面して心憶すれば、技も力も役に立たない。死に憶せず、物事をやりとげる気概を養うことがその前提となる。だから初心の武士たるものの心得なのである。

 武道の修練も同じと考えるべきだ。

 現代の人々は、死を考えず、死の壁をのりこえられず、その壁の前でさまよい歩いているといえる。死を考えることで、己の人生の時間の有限を自覚し、緊張感をもって、油断なく、思想し行動することができるようになる。

 人間(自分)の生命は、無限にあるなどと錯覚することで、物事に対する心の態度が悪くなり、しかも時間を浪費し、物を大切にしないことになって、大きな社会現象となっていくことになる。

 其子細を申すに、総じて人間の命をば、夕部(べ)の露、あしたの霜になぞらへ、随分はかなき物に致し置候中にも、殊更危きは武士の身命にて候を人々おのれが心すまし(心なぐさめ)に、いつまでも長生きを仕る了簡なるに依て、主君へも末永きご奉公、親への孝養も、末久しき義なりと存ずるから事起りて、主君へも不奉公を仕り、親々への孝行も疎略に罷成にて候

 今の武士はいつまでも長生きすると思っていて、緊張感がないから、主君への奉公も、親への孝養も疎略になって行く。それは現代の世相でいえば、政治家や役人が、国家国民の信頼を裏切っていくに等しい。

 それは国民全般の高齢化がすすむ日本の国民意識にも当てはまることである。

 最近の調査によると世界一となっている日本人の平均寿命がさらにのびていて、男80歳、女85歳という高齢に達したという。このことは表向き暮らしがよくなって喜ばしい面もあるが、少子化現象などを併せて考えると、かえって“老後の思い悩み”の方が深刻さを増している。これに追い討ちをかけたのが厚生年金の驚くべき不祥事だ。

 死を覚悟しない長寿国日本の裏面には、人間の精神性の緩慢、堕落という大きな弊害がつきまとってくることを忘れてはなるまい。

 偖(さて)又死を忘れて油断致す心より、物に慎みなく、人の気に障る事をも云て口論に及び、聞捨に仕りて事済儀をも、聞咎(とが)めて物云に仕なし、或は無益なる遊山見物の場所、人込の中といふ遠慮もなくありきまはり、えしれぬ馬鹿者などにも出逢ひ、不慮の喧嘩に及び、身命を果して主君の御名を出し、親兄弟に難儀を懸る事、皆常に死を心にあてぬ油断より起る禍ひに候


 今日の状態は、道義を重んずる友山が指摘する世相よりひどい状態になっている。「死を心にあてぬ油断」を飛び越えて、人命を軽視する風潮に陥るといってよいが、それとともに看過できない兆候も出ている。

 少子高齢化に加えて、心の不安を訴える人がかなりに増えていることだ。心の不安を感ずる人が3人に1人。しかも働き盛りの三十代、四十代で四割に達している。つまり2人に1人の割合だ。そしてストレスを感じることがある人が68%で、四十代が82%、三十代が81%と八割を超えて際立った数字を示している。

 これは種々の社会変動に、日本人が対応できず、ストレスなどを解消する策が見出せない状態になっている。だから何か不測の事態が起れば、一気に社会不安を引き起こしかねず、国家緊急事態になってしまうことも危惧される。

 こうした社会不安のタネを小さいうちから日常的につみ取ることが神道の“祓ひ(はらい)清め”の祈りということができるが、段々につみ重なり、凝り固まって動かなくなってくれば、それに応じて大きく強い排除の力が必要になってくる。

 本来、武道の世界は武断と称され、その力は剣の断裁をもって象徴されるが、やむを得ずして発顕される祓いの剣なのである。

 “武士道”を求める国民意識が年々に高くなっている社会状況は、世の中が“剣の断裁”の力を必要としている方向に動いているといえるだろう。この総論の結びは、

 昼夜を限らず、公私の諸用を仕回ひ、しばらくも身の暇ありて、心静なる時は、死の一字を思い出し懈怠(けたい)なく心にあてよと申す事にて候


とある。正月元旦の心静なる時に、死の一字を思い出し、懈怠なく心にあてて武道の初心を振り返り、今日の日本を考えてみるべきであろう。

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