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コラム「大和心」

 

 ここ数年来、至誠館では、武道を民族の魂をよみがえらせて、現代人の精神気概を作興するものと捉え直して、魂を練る武道の修練を唱導して海外での講習指導を行ってきた。昨年8月のポーランド、イギリスの講習あたりから、それらの効果があらわれてきて、精神性を志向する内容になってきたといえる。

 本年8月のフランス・ヴェルサイユ講習のテーマは、主催者のパスカル・ドゥション氏(合気道五段)の強い希望で、“霊性の息吹”と設定されたが、9カ国60人が参加した。

 10年、20年と続けてきた武道修練が固定化して惰性に陥っているとの反省から、新たなる緊張感を取り入れて、新しい息吹を吹き込み、人間本来の創造性を生み出す“霊性”を蘇らせたいとのパスカル氏の気持ちであった。

 中日(なかび)に催された講演・演武会では、稲葉稔至誠館館長による、無差別テロ時代での「動揺しない心の修養」(英語・仏語)の講演が行われて武道の精神性が話されたほか、5カ国の指導者による演武が披露され、講習の成果の程が示されて興味深い行事となった。



 ヴェルサイユに続いて開かれた第2回ポーランド・プォツク講習には9カ国90人が参加したが、昨年の剣術・体術の技とその原理の基礎課程を受けた人が多く、初級コースというより中級、さらには上級の指導が必要となった。

 これは同国の合気会会長のイェジ・ポミャノフスキ(合気道五段)やアンジェイ・バジリコ(同四段)、事務局のアダム・ラデキ(同二段)各氏らの熱意と尽力による。

 これら連続して行われた2つの講習に対する指導趣意はこれまでの交流の結果からみても妥当のものであるし、主催側、参加者の意気込みも伝わってくる。至誠館としても、しっかりと受けて立ちたいと、海外研修への参加者を募集したところ、指導員7人と門人12人(うち学生4人)、現地(パリ)留学生1人が加わって、両講習合わせて日本人20人の参加となった。渡航前、御社殿前に勢揃いしたときの意気軒昂たるさまは、特筆すべき事柄であった。


 では、いかにしたらフランス、ポーランドに集った9カ国の武道人の熱き要望に応えうるかが、最重要課題となった。




 参加者は、60人と90人。一騎当百をもってあたる気概なら、一対一の直伝稽古は可能だ。

 一人ひとりの実力を身をもって知れば、次に何をすればよいかもみえる。至誠館に海外から研修に訪れる人々との一対一の稽古でその効果も経験している。

 総合指導は稲葉館長が行い、全体の修練の方向性と各回のプロセスを示しながら3つから4つに分かれて大局を復習し、基礎固めをしながら個別指導をしていったから、少なくとも5〜6回は指導員の個別指導を体験できたはずだ。

 このほかにあらかじめ武道精神の要点を書きつづった小論(英文・仏文)や、昨年発刊した『心身の基礎づくり』(日文・英文)、そして日本の剣術についての簡単な説明文を用意しておいて回数の進むごとに配布、説明しながら、各研修10回ほどの稽古が行われたわけだが、果たして、講習指導に満足のいく成果は得られただろうか。



 この方法は、まさに気力と体力との戦いであった。加えて通訳は、ヴェルサイユで2人、プォツクで3人が当たってくれたが、3〜4グループに分かれたときは、通訳なしという状態も多かった。各指導員は日本語で、伝えたいという意気込みだけで次々と進んでいった。

 しかし言葉の障害は通訳がいても出て、通訳の間、英語から仏語(ポーランド語)というように言葉が変わって、動きが止まるために間が抜けた状態になり、猛暑の中、新たなる気力を振り絞って教えることになって、2倍、3倍のエネルギーがいる。


 それは教える側も、教えられる側にも大きな負担が強いられたといえる。だから険悪な関係に陥る場合も予想された。

 ただ単にやさしく教えていたのでは、武術としての力の強弱、タイミング、距離感など微妙な感性は身につかない。だから言い方も動きも、厳しくなってしまう。言葉も文化も違う人間から親切心であっても威圧的に迫られるのだから、教わる側は、どのような気持ちになるのか――。

 頭で考えれば考えるほど、まことに難しい人間関係に追いこまれる。しかし実際は、幸いなことに違っていた。



 今夏の研修は、この一対一の直伝稽古が成功をもたらしたといえる。

 指導員たちとそれを支える日本人たちとの一人ずつの稽古が進めば進むほど、よい経験をしたという感謝の言葉が寄せられてきた。

 実際、彼らの顔つきがいきいきとして、体つきが整ってきて、見違えるほどに変化したのだ。全参加者との一対一の稽古が終ったころからの全体の空気が変わった。狭い食堂などで皆の気分がリラックスしてくると一層明らかで、挨拶の笑顔や、話し合う声など、そのなごみ具合が大きく変わって、すばらしい人間関係がかもし出されてくる。

 こうした状景こそが、厳しい修練を共有して、切磋琢磨しあった後に生まれてくる心と心の響きあいというものであろう。

 これが研修をすべて終って、お別れの酒宴となると最高潮に達する。まさに神人一如の直会(なおらい)を髣髴(ほうふつ)とさせ、なんと素晴らしい光景となったことか。

 ヴェルサイユでは講習の始めと終わりに神事を執り行い、演武会の前においても神事を行って、日本武道の精神の核に、神道の祈りがあることを形で示した。

 プォツクでも、軍施設であったドーム状の広い体育館においても、明治神宮、鹿島神宮、香取神宮の掛軸を掲げ、神籬(ひもろぎ)を立てて真剣の祓いの太刀をもって神事に代えて環境を整えた。神と武道と人々との魂のむすびつきは、新しい何かを生み出す力を秘めているように感ぜられた。

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