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コラム「大和心」

 


 去る4月に、フランスの人々に次いで、ドイツ・フランクフルトから18人のメンバーが来館し、2週間の日程で研修が行われたが、このたびリーダーのトーステン・ショー氏からうれしい便りが届いた。

ショー氏から送られた写真


 短いメールと、道場の神棚前に勢ぞろいした会員たちの写真であるが、心のメッセージが伝わってきて、武道交流の一つの方向性がみえた感じがした。メールには、

It is a beautiful. The energy changes with it.

と書かれていた。つまり、道場内に神棚を設けたところ、それが美しく感じられ、道場の雰囲気(活力)に変化が出た、との感想が添えてあった。写真から受ける印象は、道場の空間がこぎれいで、その前に並んだメンバーたちがいい笑顔をしている。明らかにその効果が現れていて、“神棚”のありがたさが実感された。

 なぜ、そのような効果が生まれるのだろうか。

 精神、肉体と技術を修練する武道場の神棚。
 一昔前の日本なら当たり前であったものが、武道が大はやりの現代にはあまり見られない風景となってしまった。そうしたら、外国人が指導する道場に、神棚が設けられるようになった。数は少ないが、そうした武道場が海外に存在するということは、新たなる“神道と武道の息吹”といえるのではないか。




 至誠館に武道研修にきた、いわば国際武道人たちが、私たちの拙い説明や行き届かない接触の中からでも、自らの発想、意思で、彼らが大切だと思う道場に神棚を設置し、心の安らぎを感じて笑みを浮かべる姿をみて、あらためて神さま(棚)の存在によって、心が通い合うことを実感した。

 ドイツ人との特別稽古や、鹿島神宮への参拝旅行案内の中で、彼らの課題となったのが道場の精神的シンボルをどうするかであった。

 至誠館での日常の修練に参加すれば、神さまへの祈りが中心であることはわかる。それならば、外国人である自分たちはどうするか――、自然に出てくる疑問である。

 道場正面、心のよりどころに何を据えるべきか。グループ内でそうした議論となったが滞在中には結論に至らず、保留となった。神(棚)を祀ることにはなお躊躇があったようだ。ただリーダーのショー氏は、自分はクリスチャンでもなく、神道的な自然観に近いものを感じて、明治神宮や鹿島神宮の参拝には感銘を受けたとの意見であった。

 そこで妥協案が出て、ショー氏個人として神棚セットを求め、自分の家においておき、しばらくの間、時を待つということで帰国した経緯がある。

 普通、海外の道場にはそれぞれの武道の創始者や日本人指導者の写真が、プロマイド的にあるいは個人崇拝的におかれているほか、種々雑多の記念物が置かれていて、日本の伝統的な神観念からすると違和感がある。率直に言って、その前に座って、心が鎮まって稽古するという雰囲気は感じられない。

 正面には武道修練の目標となるべき、精神的指標となるべき“何か”が必要である。
だから至誠館として海外へ武道指導に行く場合は、会場の正面づくりに注意する。少なくとも自らの心が鎮まり、指導に打ち込めるだけの雰囲気づくりが必要だ。

 にわかづくりだが、祭壇らしきものを設けて明治神宮あるいは鹿島神宮香取神宮の掛軸を掲げ、神籬(ひもろぎ)磐境(いわさか)としての現地産の常緑樹をそえるなど、それなりの“舞台づくり”をする。


ドイツでの講習。正面に「明治神宮」の掛軸(平成17年)



 それに加えて稽古では、修練の前に、なぜ拝礼するのか、どのような神さまが考えられるのかについても説明する。この辺が、戦闘技としての各般武術が、心と体を鍛え、技を磨くだけでなく、精神思想まで探求する武道まで昇華されてきた特徴であること。つまり日本の武道の基底には、民族信仰というべき神道があるからこそ、武術が武道となってきたことを理解してもらう。

 それは海外で武道を求める人々に対して、こうした日本の武道の心と形を踏まえて、あなたがた自身は、どのような心を養い、そのような道場の形をつくっていくかを問うて、彼ら自身の道の探求を促すことである。

 果たして海外に今後、いかなる心に基づき、いかなる形が生まれてくるのか。




 日本の神道、そして武道は、押し売り的、強制の途ではない。相手の求める心、自主独立の精神気概こそ、最も尊重されるべきもので、そこから真の戦闘力が生まれてくると教えられている。

 ドイツ国内の他の道場でも、神棚と掛軸が置かれているほか、イギリス・ロンドンの道場では神籬があり、ロシア・モスクワの人々も、先般来日研修の折、神札を求めて帰っていった。

 またギリシャで国軍にもかかわり、武道を指導するエリアス・パパタナシス氏も至誠館と十年来の交流があるが、彼は昨年、日本の特攻隊についての本を上梓し、一万部を頒布したという。アメリカ側の戦争観でなく、日本の立場に立った特攻の心を書きたかったという。

  至誠、神に通ず

  武道を通じて、日本人の誠の心が広がっていく。国境を越えてお互いの心が通
   じ合っていくならば、大いに価値ある。

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