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コラム「大和心」

 昨年暮れ、道場にふさわしい、素晴らしい贈り物が届いた。鹿児島在住の卒寿を迎える篤志家と八十を超えてなお制作意欲旺盛の彫書家から、西郷隆盛の絶筆と伝えられる「敬天愛人」の実物大5倍の力強い彫書が奉納されたのだ。

  素材は西洋カリンの一枚板で、縦1.3メートル、横5メートル、厚さ35ミリ、重さが230キロあるので壁に掲げられず、狭い空間に置くわけにもいかず、結局、至誠館の第二弓道場の広い空間、玄関奥正面に据えたところ、納まるところに納まった感があり落着いた。

 西郷さんの揮毫には「努めて英雄の心を攬(と)る」との言葉がある。「攬る」というのは収攬(しゅうらん=まとめるの意味)の攬(らん)で、集めて手に持つとの意であるから、英雄の心をしっかりと把握することであろう。さすが大英雄の心意気と感心するが、今回は敬天愛人からその精神を学び、道場での修練の意義をかみ締めるところに主眼がある。

 現代の複雑なる社会状況下、民族宗教の対立や治安悪化で人心が荒廃、萎縮する中で、それら社会不安を払拭するにふさわしい人物の精神を表現せる文言を、精魂こめて彫り上げたものの、その作品を鑑賞しうる場所がみつからず、思案の末に奉納者、製作者と明治神宮社務所当局の三者の話し合いが進んで実現をみた。

 この敬天愛人の語は、西郷との縁の深い山形庄内藩の人々がその対談語録を記録し出版した『南洲翁遺訓』の一節にも出ている。現代語で記すと――、

道というものは、天地自然の道であるから、学問を講ずるという道は「 敬天愛人 」を目的として、身を修めるには己に克(か)つ(すなわち自分の欲望を抑える)ことと思って終始しなさい。そして、己に克つことの真の到達点は論語にあるように、「わがままをしない、無理押しをしない、固執しない、我をとおさない」ということである。(『南洲翁遺訓を読む』渡部昇一)

 西郷の天の思想をよく理解するには、儒学の陽明学や、天保の飢饉に窮民を救おうと兵を挙げた大塩平八郎の『洗心洞剳記(せんしんどうさつき)』などを読むとよいが、上にあるごとく、まず天地自然の道と理解して、天を敬して、人を愛することの敬愛の念を基礎として道の目的とする。この道を往くには身を修めることで、それには己に克つこと、その根底は自分の欲望を抑えるとの考えであろう。



 近年の風潮は、お金さえあれば、どんなに精神的価値のあるものでも手に入れることができると思われているがそうではない。

 精神的に価値の高い大事なものは金銭では買えない。従ってその収まる場所というのは、お金のあるところではない。南洲の遺訓には、いろいろな人の解説書が出ている。その中でも西郷が西南の役に斃れてのちの精神的継承者として畏敬された頭山満述のものが重みも深みもあってすぐれているが、大塩中齋に感服した西郷について次のように述べている。

南洲翁は大塩中齋に感服して居られたようで、大塩の『洗心洞剳記』のごときは、自ら書写して 座右に供えられて居たそうじゃ。――南洲翁が京都の医者の家に大塩の書が掛けてあったのを 見て、ひどく気に入ったと見えて再三再四、懇望したが、利かぬ気のお医者さんであったと見え て、いつかな遣ろうとはいわぬ。度々出掛けて行って頼んだが、何としても譲ろうとはいわない。
西郷も已むを得ず、そのまま諦めていると、暫らく時が経ってから、その懸物に一本の書状を添 えてその医者の倅というのが西郷の許に届けて来た。

で西郷は、あれほど頼んで応じなかったものを、今ごろ送ってくるとは、少々腑に落ちぬことだと 思って、どうしたことじゃと尋ねると、倅のいうには、「実は親爺はその後、病気で亡くなりました。 その臨終の折に、此の手紙をつけて懸物を西郷先生にお届け申してくれろと申し残したので、実 は今日お届け致しました訳で……」との話であった。そこで西郷は手紙を開いてみると、その中に は「自分が生存中は、此の懸物を尊重すること、自分に越すものはないと思ったので、実はお譲 り致さなかったが、今自分が死んでしまえば、向後は此軸を愛する人は先生の外はないと存じま すから、茲にお届け申す次第である」との意味が記されてあった。そこで西郷もひどく医者の知言 に感じて、其の書を愛蔵されたという話である。

 頭山はこうした交わりを、士君子の交際ともいうべきもので、清らかなものと評しているが、「此の懸物を尊重すること、自分に越すものはない」との精神気概は門人の範とすべきところ、ひいては西郷の精神の鎮まる所と自他共に許す道場であってほしいと望みたい。

 至誠館の各道場の神棚横にはすでに、頭山満の「香取神宮 鹿島神宮」の書が掲げられ、神話の武神、フツヌシノ大神、タケミカヅチノ大神、が祀られて、武道修練の目標となされている。

 本年正月よりは大西郷の敬天愛人が道場正面に据えられ、その心を体することで、至誠館武道の精神的支柱がいよいよ明らかになってきた感がある。

 明治大帝の大御心を戴き、武神への祈りをもって、西郷、頭山らの戦闘者精神を継承して日々の修練に励み、現代に日本武士道を再興することこそ至誠館武道に課せられた使命というべきであろう。

平成19年元旦

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