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コラム「大和心」
和魂 -わこん・にぎみたま-
 

 和魂は、「わこん」とも「にぎみたま」とも言います。

 「わこん」といえば、やまとだましいのことで、日本人固有の精神のこと。和魂漢才とか洋才とも言います。

 「にぎみたま」は、神道の霊魂観からとらえた言い方で、柔和、精熟などの徳を備えた神霊または霊魂をいう。これに対して、荒く猛々しい神霊を荒魂(あらたま)と言います。

 人は普段、柔和で「にぎみたま」の状態にありますが、非常緊急時、怒ったり、戦ったりする場合は、「あらみたま」の荒く猛る状態となるとみます。

 そう考えると、武道場の鍛錬とは、和魂を荒魂の状態にして訓練するわけで、実戦に近ければ近いほど激しいものになります。ですから終わる段階は、荒魂を和魂へと鎮めなければ治まらないことになり、魂(たま)しずめの法(終末運動)を念入りに行うことが必要となってきます。

 和魂漢才・洋才は、やまとの地に生まれ育った人のこころと、外国の漢(から=中国)の才(ざえ=学問)、洋(西洋)の才が対となっています。

 漢才は、仏教や儒教が、先進国・中国から輸入された時代のこと。「やまとたましい」という言葉は、紫式部の『源氏物語』が初出といいます。光源氏の子供は、やまとたましいはあるものの、生まれ育ちがよいだけでは将来が不安、やはり学問を学ばせようという話の段に出てきます。

 「やまとこころ」という言葉は、同じ時代の女流歌人、赤染衛門の和歌に見えます。子供ができて乳母を雇うとき、博士の主人が「学識のある家に来るには不足」と言うのに対して、「たとえち(智=学問)が低くとも、やまとこころさえあれば何とか補っていけばよい」と答える歌に出てきます。

 いずれも生まれつきのもので、学問と並べられる大事なものですが、勇武というほどの意味でなく、溌剌な、とか、利発、気立てがよいというような意味合いと考えられます。

 しかしこれが後世になるに従って猛々しいとか、戦闘的な言葉として使われるようになります。島国でおだやかな浦安の国の純粋なる心根が、外国の野蛮なる力にさらされて、たくましく勇敢なる大和魂へと鍛えられていったとみることができます。

 近現代は和魂洋才の時代で、尊皇攘夷の精神気概が歴史を大きく動かしました。今は和魂を見失ってしまった時代と言われます。武道場は、この和魂を養い、鍛錬する場所と言うことができます。

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