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コラム「大和心」

やまと心と錬胆

しきしまのやまと心を人とはば
       朝日ににほふ山桜花

 これは江戸中期の国学者、本居宣長の詠んだ和歌です。
しきしま(敷島)は、大和国や日本国の別称ですが、やまと心を、朝日に輝き咲き匂う桜花のかぐわしさに例えています。

 やまと心、桜花というと、武士道の散り際の美しさで日本人の美徳のように思われる向きがあります。でもこれは武士道の戦闘力の養成の面からいうと誤解を生ずる考え方です。

 幕末維新期に一騎当千の活躍をし、明治に入って若き明治天皇の侍従をつとめた剣豪、山岡鉄舟は若い頃、次のように言っています。

「死の軽きこと鴻毛(こうもう)の如く、義の重きこと山岳の如し」との語意を解するに、何でも角でも、死を軽く見る事、武士道なるが様に、早合点する人々往々流行すれど、吾は左様に思わぬなり。去りながら一体に死を恐れるは、卑怯千万の事にて、言うに足らぬことなれど、また死に急ぐと言うに至っては、合点のゆかぬ次第なり。――無遠慮に論ずれば、如何なる万変に酬酢(しゅうさく)するも、微(びく)りとも動かず、その難に耐え忍び、綽々(しゃくしゃく)としてその境遇に坐を占め込んで、その大事を処理するというに至っては、その苦心惨憺の状は、迚(とて)も死ぬる位な手軽では出来ざる筈なり。然るにそが苦しさに死してその難を免るなどは、先ず先ず錬胆の実薄く、忠孝の誠に乏しき、畢竟(ひっきょう)愚純の沙汰なりと心得可し(「生死何れが重きか」より)

 鉄舟は激動期、尊皇攘夷の精神を貫いた人物です。その精神には漢意(からごころ)を排し、純粋なるやまと心を求めた国学の影響も大きく入っています。

 その鍛錬は、このやまと心を、いかなる万変にあっても微動だにせず、死を超えて大事を処理するほどに“錬胆”すること。朝日に匂う桜花のようなやまと心も、鍛錬すればやがて豪快なる大和魂に成長することでしょう。

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