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コラム「大和心」

やまと「心」と「魂」

明治天皇御製
身にはよし佩(は)かずなりても剣太刀
とぎな忘れそ大和心を

ことしあらば火にも水にも入りなむと
おもふがやがて大和魂

 この二首にみえる大和心と大和魂は、ほぼ同じ意味で使われているといってよいでしょう。至誠館道場のめざす武道は、弓道科、柔道科、剣道科、武道研修科(合気道と鹿島神流武術)の各科の錬成と武学講座を通じて、古来日本人が大切にしてきた心を養い、魂を練り上げて、現代に失われている日本精神を回復することにあります。

 ただ、心と魂の言葉の違いもわきまえておく必要があります。心の原義は、古代人が狩の獲物である鹿や猪をさくと、腹の中からころころとこごり固まった様なものが出てくることから、広辞苑では、「禽獣などの臓腑のすがたを見て、コル(凝)またココルといった語源か。転じて、人間の内臓の通称となり、更に精神に進んだ」とあります。

 魂というのは、「動物の肉体に宿って心のはたらきをつかさどると考えられる」(同上)とあります。つまり人間の肉体に宿って、心(内臓)のはたらきをつかさどるのが“たましひ”と信じられてきました。こうした語源を考えると、いずれも人間の生命力あふれ躍動する臓腑(心身)を、長い年月をかけて鍛え練り上げていく中で、民族の魂を目覚めさせ、高き強き神々のレベルまで長い時間をかけて精神と技術と力量を高めて行くことが、武道修錬の目標ということになります。

 心と魂にわざわざ“大和”と冠する理由は、外国の物質文明や科学技術、価値観が怒涛のように押しよせてきて、日本固有の精神文化が破壊されて、民族意識が危機感をもつからといえます。それを憎しみや恐怖や一時的な感情にかられる“暴力”ではなく、心身を祓い清めて邪気を祓う“武力”として正義を立てることこそが日本武道のあるべき姿なのです。

 ここに修錬の目的があり、このコラムを「大和心」と名づけた所以もあります。

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