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武道とはなにか
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明治神宮至誠館
館長 荒谷 卓

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荒谷 卓(あらや たかし)
昭和34年、秋田県生まれ。東京理科大学卒業後、陸上自衛隊(幹部候補生学校)入隊。調査学校(小平)、第1空挺団(習志野)、陸上幕僚監部防衛部、防衛庁防衛局防衛政策課戦略研究室等の勤務の後、特殊作戦群初代群長となる。この間、ドイツ連邦軍指揮大学、米国特殊作戦学校に留学。
大学生時代、松涛館流空手、極真空手等で武術を修練している折、恩師より至誠館を紹介され入門。葦津珍彦先生、島田和繁先生、田中茂穂初代館長、稲葉稔二代館長より日本の伝統精神についての薫陶を受ける。
平成20年、自衛隊退職後、武道場至誠館専任師範として明治神宮に奉職。平成21年10月、第三代至誠館館長に就任。
 思うに、日本史が、私権力・私有財産闘争の歴史であったならば、日本の武力の性質も大陸や欧米のものとかわりの無い、殺傷を目的とする殺伐とした術技に陥ったであろう。しかし、正統なる「日本の武」は、自己と他者の道理を正す道として継承し発展してきた。

 「日本の武」は、神話を起源とする。イザナギノ命・イザナミノ命が国土の修理固成に天沼矛を賜る意味、スサノオノ命の昇天に際しアマテラス大神が武神のお姿となり稜威の雄建(イツノオタケビ)で武威を張る様子、天の岩戸開きの策略等「日本の武」を諭す話は多くあるが、大国主神の國譲りの段が判り易いだろう。
 天照大神の使者として遣わされたタケミカヅチ神とオオクニヌシノ神との交渉において、これを受諾せず戦争を仕掛けてくるオオクニヌシノ神の息子タケミナカタノ神に対し、タケミカヅチノ神は攻撃を受け返し圧倒的強さで相手の降伏を引き出す。相手が一旦敵意を捨て「まつらう」意志を表明した後は、誠意を尽くして、互いの「むすび」を実現する。
 このように敵対者をも包容同化する武の力で和平を実現したタケミカヅチノ神(鹿島神宮の御祭神)は、武の神様として祀られ、その精神を継承する多くの武人を輩出してきた。

 また、何よりも、初代天皇のおくり名を「神武」としたことの意義は重要である。日本建国に際し、民の幸福を第一とする家族的国家建設のため、寶御位に臨まれた神武天皇は、私を捨て民の幸福を祈り神を祭ることを誓う。民はこれを模範として相手を思いやり世のため人のため力を尽くそうとする。
 また一方で、神武天皇は、この理想国家の実現に仇なす敵は討ちてし止まんという猛々しさも兼ね備える。この両面を兼ね備えたおくり名が神武であろう。
民の中には、天皇の御心に沿うことならば、自らの犠牲を顧みずいつでも行動に移せる丈夫(ますらお)の心を備えたものが居る。そのような人が、武の猛々しさを有す“もののふ”と呼ばれるのである。
 民の幸福を第一とする家族的国家建設(八紘為宇)を目的とした神武天皇の建国の理想が、長い年月とともに、「利己」を排し「利他」を美徳とする国民道徳として育成されてきたのである。

 こうした「利他的美徳」と「家族的共同体意識」は、平成23年3月におきた東日本大震災において世界の人々の確認するところとなった。
 壮絶なる大震災と大津波に襲われてなお、相互に助け合い、自己を犠牲にしても弱者を助ける日本人の本来の姿が自然と表れ、世界中の人々の心を打った。この「人々が互いに相手を思いやる社会」こそ、神武建国以来、天皇を中心に日本人が育んできた日本文化の結晶である。
 このような美徳を背景にした「日本の武」の目的は、自己の利益を図るために他者を滅ぼすことにあらず、敵対者の私利私欲を正し、共和共栄の天道へと導こうという性質をもつ。

 江戸時代末期、他国の財産を略奪する欧米列強の野望と力が渦巻く当時の世界情勢にあっても、明治天皇は、『王政復古の大号令』で「諸事神武創業の始めに原づき堂上地下の別なく至当の公議をつくし尽忠報国の誠を以て奉公いたす可く候事」とし、また『明治維新の宸翰(シンカン)』において、「列祖の御偉業を継述し一身の艱難辛苦を問わず自ら四方を経営し汝億兆を安撫し遂には万里の波濤を拓開し国威を四方に宣布し天下を富岳の安きに置かんことを欲す」と国民に御示しになった。
 即ち、神武創業の大理念にたちかえり、家族的共和社会を目指す自立国家として世界に開国することの大決意をなしたのである。
国家としての大決意には及ばぬにしても、個人に例えるなら、吉田松陰も引用した『孟子』の「千万人といえども我ゆかん」の実践であり、いかなる強敵・苦難があったとしても信ずるの正義を貫く決断の模範である。

 至誠館で鍛練すべき武道は、まさにこの決断と実行の気概を養うことである。
 武道の稽古は、相手に勝つため自分の武力を高めることに主眼を置くのではなく(結果としてそうなることもある)、仮に相手が自分より強くても戦うべきときには毅然として戦う気概を養うことにある。
 そのため、先ずは体験と体得を通じて道理を養い、正しき感性を修養する。しかる後に、相対するものの過ちを正す気概を体現できるように心身を鍛練する。言葉を変えれば、稽古は自分の禊祓い、戦いは相手の禊祓いである。

 私は、日本人の優れているところは相手の心に気を配りながら物事を進めていくバランス感覚のよさだとおもう。神道や武道では、教義やマニュアルというものは存在せず、人間の感性を大事にして、自然(神)や人の心を感じ取る体験から道理を学んでいく。これは、「正しさ」を理解する上で、きわめて自然で確かな手段だと思う。
 自分の心も素直に見つめ、悪しき状態を正し、正しき心を育むように努める。人は純粋になったとき、正しい判断と行動が可能となる。この自己の精神の管理は戦いでは決定的に重要である。逆に、戦いという最も緊迫した状態において、自己の精神を正しい状態に管理できるようになれば、日常的に心が乱れるということは少なくなるともいえる。
 日本人として、祖先から受け継いだ「正しきこと」を学び、生死がかかわる場でさえも「正しい判断と行動」を取れる心身の鍛練が、至誠館における武道の目的である。

「現代に生きる武道を求めて」稲葉稔はこちら

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