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明治神宮関係
なぜ、明治神宮の「破魔矢」は「守護矢」と呼ぶのですか?
 神社で出されている矢は一般に破魔矢と呼ばれています。それなのになぜ明治神宮の矢は守護矢というのでしょうか?明治神宮の守護矢の歴史についてお話します。

 明治神宮で矢を出したのは昭和23年の正月からでした。その頃はまだ「破魔矢」の一般的な呼び方で授与していました。しかし明治神宮にふさわしい呼び方はないかと、昭和33年より「明治神宮守護矢」と名前を改めたのでした。 ところで明治神宮で使用している守護矢の羽は何の羽かごぞんじですか? 実は七面鳥の羽を使用しているのです。なぜ七面鳥の羽を使ったかいうと、それまではにわとりの羽を使っていたのですが、見栄えがあまり良くなかったそうです。
 
 また守護矢の数が年々増えるにともないそれまで自然の竹材だったのですが、同じ太さのものを揃えることが年々難しくなってきました。そこでこれに替わる何か良いものはないかと考え、にわとりの羽を七面鳥の羽に、竹材を檜材に替えたのでした。檜材は神社やその他の用材として古来より尊ばれていましたし、そして日本人が最初に使用したのが木の矢だったそうです。
 よってにわとりの羽から七面鳥の羽へ、竹材から檜材の矢へと替え、昭和44年の新春より出されたのでした。(鏑矢は昭和46年からです)
 以来檜製の矢は明治神宮独創の矢であり、しかも今日では全国の神社で真似るようになり、ほとんどが檜製の破魔矢(守護矢)となっています。
 
 ちなみに破魔矢(守護矢)の由来ですが、昔から矢と弓は魔除けの信仰があり、今でも新築の家の棟上げに檜の弓矢を屋上に飾ります。宮中では皇子誕生の際に弓弦を鳴らす鳴弦(めいげん)の儀が行われますし、民間でも男児の初正月に破魔弓を贈ったりします。
 鏑矢(かぶらや)は「鳴りかぶら」ともいい、射ると先端の鏑(かぶら)が鳴り、戦場で戦いの合図として最初に射る矢でした。ですから今でも物事のはじまりを「嚆矢」(こうし・鏑矢の意)といい、また昔から祓の意味でも射られていました。
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